FC2ブログ
RSS

お金で解決できるのか(27年5月27日)

 「お金さえ出せばいい」という甘えの構造が、バケツの底をあけ、果てしない金地獄の社会に陥ってしまった

 今朝の福井新聞囲み欄に、歯が悪くておかゆを与えられていた受刑者が、カロリー不足で体調がおかしくなったとして刑務所を訴え、10万円の慰謝料を得たという記事があった。おかずを含めても、1日分の規定熱量に、44kcal足りなかったという。

 まさに、「民主主義国家」の面目躍如である。
 ただこのような、何でもいいから訴えればお金で解決できるという風潮は、昨日や今日始まったわけではない。
 
 1975年、日本で初めての原子力船むつが、試運転中に「放射能漏れ」事故を起こし、大騒ぎになった。じつは、「放射能」ではなく、出力を上げたときわずかな「放射線」が、一時漏れただけである。防御壁が弱かったためで、ただちに消えたし対策はできる。むしろ試運転だから、この程度のトラブルは当たり前である。

 それなのに世間では、単なる「放射線漏れ」を、「放射能漏れ」と極大解釈されて寄港が禁止、帰る場所を失ってしまった。また、なんら実害の発生していない漁業関係者にすら、金銭補償をする羽目になった。
 その「補償」の構造が、延々と続いている。抗議をすればお金が下りる、という構造である。

 もちろん、漁業だけではない。もっとひどい世界もある。
 沖縄では、知事をはじめ、辺野古移転に執拗に抗議する人が多い。現知事は、けんもほろろの、上から目線である(前知事は反対表明していたときも、ときの首相や防衛相には表向き敬意を払っていた)。
 なぜこんな態度をとるのか。これは補償金(振興予算)を吊り上げるためだと暴露した人がいる。したがって基地の移転に賛成の人でさえ、表向き反対する。その意味ではすべて馴れ合いである。反対が大きいほど、補償金は高騰するからである。
 巨額の税金をむしり取られている日本国民は、たまったものではない。

 また2004年、イラクで日本人3名が、「サラヤ・ムジャヒディン」と名乗る武装勢力に監禁される人質事件が発生した。この時は、外務省などが働きかけ、1週間余りで無事釈放された。公にはなっていないが、この時相当の「身代金」が支払われたと考えるのが自然であろう。中東の人質事件で釈放されることの多いドイツ人やフランス人の場合も、それなりの金銭が動いている。
 そのことが、今年のシリアにおける人質惨殺事件につながったとみる人は多い。

 すなわち、「お金さえ出せばいい」という甘えの構造が、バケツの底をあけ、果てしない金地獄の社会に陥ってしまった。「被害者ビジネス」の増大である。問題なのは、お金を出せばいいという人は、決して自分のお金を出すわけではない。

 これは、民主主義社会の大きな欠陥のひとつである。佐伯啓思氏(京大教授)は、その著書「正義の偽装」の中で、「民主主義国家の国民は、『自己利益』を求めてお互い相争う、『エゴ』の集まりである」と喝破している。

 お金で解決できるということは、それを負担する人がいるということである。国内でカバーできなくなれば、海外からぶんどってくるしかない。グローバル世界全体が民主主義になれば、それもできなくなる。行きつく先は明白である。

 なんでもお金で解決するという悪循環を断ち切るためには、嫌われる政治家にならなければならない。期間限定でも、「独裁政権」が、この悪弊を断ち切る可能性がある。心もとないが、いまは安倍政権に期待するしかない。
スポンサーサイト



トラックバック
トラックバック送信先 :