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中・韓には謝り続けるのか(27年4月23日)

 そもそも「歴史修正」というのは、間違っている歴史を直すことである

 村上春樹氏は、最近日本の歴史認識に触れ、
 「歴史認識の問題はすごく大事なことで、ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が『すっきりしたわけじゃないけれど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう』と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから(共同通信インタビュー記事より)」と述べている。

 いま世界でもっとも注目されている作家だけに、この発言の影響は大きい。
 もちろん日本国内では、この発言に対する反発も出ている。たとえば百田尚樹氏は、ツイッターで、「そんなこと言うてもノーベル賞はもらわれへんと思うよ」、「小説家なら、相手が『もういい』と言う人間かどうか、見抜けそうなもんだが...。それとも本音は『1000年以上謝り続けろ』と言いたいのかな」と述べた。

 前にも書いたが、「感情」・「感性」を売り物にする芸術家は、込み入った背景の政治的発言をするべきではない。村上氏は紛れもない「芸術家」で、百田氏は「芸術家」というより「思想家」である。

 もともと村上氏は、日本の「反体制」的な言動で知られていた。彼がノーベル賞候補になったのも、日本の「歴史修正主義」を懸念している欧米の影響が大きい。いま村上氏が、こんな理不尽な発言をしたのは、ここ数年ノーベル賞候補と言われながら「落選」してきた焦りではないか(と思わざるを得ない)。

 もし今年村上氏がノーベル賞を受賞したら、この発言のせいだということになる。それだけ欧米は、日本の「歴史修正」に対する、抑え込み圧力を利かそうとしている。

 そもそも「修正」というのは、間違っていることを直すことではないのか。なぜそれがいけないのか。いまだ誰も、納得ある説明はできていない。
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