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汚染水の流出の公表(27年2月27日)

 今回東電が、「8か月も」経ってから公表に踏み込んだのは、ある意味英断である

 福島第一原発から港湾外の海に汚染水が流出していた、とマスコミが騒いでいる。東電が排水路の放射性物質の定期測定を始めた昨年4月以後、8月には通常の10倍以上の1リットルあたり約1500ベクレルを検出していたという。

 地元の福島県とくに漁業者は、流出を公表してこなかった東電の姿勢に反発している。とくに、8か月も事実を放置していた点を問題視している。

 もちろん、「8か月も」公表を遅らせていたことは、褒められたことではない。大した放射線でなくとも、一応(誰かが)設定した基準を超えている。
 汚染水漏れに限らず、不祥事が起きるたび、「なぜ今ごろ」・「発表が遅すぎる」という声が上がる。

 では、今回のように8か月ではなく。5か月ではどうか。昨年9月に1か月目の段階で発表していたらどうか。あるいは最大のスピードで、1日ではどうだったのか。
 おそらく、測定した後1~2日で発表したとしても、同じような批判が集中したであろう。「なぜ、直ちに公表しないのか」と。
 どっちみち、特定の人には必ず非難される。

 発表するのは人間である。誰からでも、批判されるのはできるだけ避けたい。それに、最初の段階では正確なことが言えない。そうこうするうちに、無情に時間は過ぎていく。ますます公表できにくくなる。
 今回東電が、「8か月も」経ってから公表に踏み込んだのは、ある意味英断と言っていい。10年経ってからより、10倍以上速い。

 おそらく、東電以外にも闇から闇に葬られようとしている「悪い情報」はいくらでもある。今回の場合は別として、時間がたてばたつほど事態が悪化することは多い。

 したがって、社会はミス(悪意とは違う)を許容する姿勢がなければいけない。ミスに対して社会からの反発姿勢が顕著になると、ますます悪いことが表に出なくなる。そのことの方が、はるかに怖い。
 他人の間違いに対し、非難や批判しかできない人は、最低の人間である。

 (そうはいっても、朝日新聞の36年目の記事取り消しは、いくらなんでも遅すぎる。これはミスではなく悪意ではあるが。)
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