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原発反対意見広告の大罪(27年2月23日)

 まさにこのような印象操作が住民を傷つけ、差別意識を生み出す
    原子力エネルギーの開発こそ、日本が生き残る最後のチャンスである


 先週土曜日(21日)の福井新聞に、『高浜原発 NO!再稼働』と題した、意見広告が全面で掲載された。スポンサーは、「意見広告市民の会」である。ここでは、原発の再稼働に反対する理由を7つ挙げている(下記の≪1~7≫)。あまりにも幼稚で能天気なので、反発する気にもなれない。
 それでもこの広告を見た人が、ほんとかと思ってカン違いする恐れがある。なにしろ全面である。そこで、この意見広告内容の誤りをざっと指摘したい。

 断っておくが、私は電力会社回し者ではない。純粋に日本の将来を考えるからこそ、わざわざこんな面倒な作業を行うのである。「蟷螂の斧」かもしれないが、意見広告に挙げられた7つのウソとインチキ、それぞれについて反論しよう。
               怪しからん
≪1;日本は今「原発ゼロ」それでも電気は足りている≫
⇒国内外に猛毒を撒き散らしながら、非常に不健康な状態で、足りているだけである
 いま電気が足りているのは、電力会社が古い発電機を引っ張り出し、綱渡りの状態で運転しているからである。旧式の発電機であるから、燃費も悪いし大気汚染も半端ではない。それに、もし中東からの燃料ルートがとだえたら、何百万人の餓死者がでることか。
 おかげで3.11後には、化石燃料の輸入金額が膨れ上がり、日本経済を直撃している。また汚染で、少なくとも数万人は亡くなっている。その上、日本が足元を見られ支払っているバカ高い化石燃料代が、中東での紛争を拡大させ、人種差別すら生み出している
 そして今では、強欲な太陽光発電事業者が跋扈し、日本の里山を崩壊させようとしている。

 さらに電気価格の高騰によって、電気エネルギーを大量に使う日本の製造業が、中国などアジアに移行している。その分日本における消費エネルギーが減少しているからである。

 そもそもすべてのエネルギーは、そのライフサイクル全体では、原発以上に人命を損傷し、環境汚染を悪化させている(採取段階での事故などの労災、大気や水質汚濁、廃棄物増加など)。それを見ないで、日本人だけがぬくぬくと甘い汁だけをすすっている構造が、長続きするはずがない。ダライ・ラマが言うように、原発廃止によって底辺の人々が虐げられ、ますます格差が拡大するのである。

≪2;経営を圧迫したのは原発の維持費≫ 
⇒経営の素人を騙すための詭弁である。
 原発は、建造するときに膨大な建設費がかかる。当たり前である。それ以上に稼ぐから造る。いったん造ったものはいくら廃炉にしても、建設費の支払いを無くすわけにはいかない。
 したがって、原発の維持費(ほとんど償却費)が電力会社の経営を圧迫するのは、それが稼働していないからである。可動さえすれば、その維持費はいくらでも吸収できる。化石燃料に比べ、圧倒的な低コストで運転することができるからである。もし稼働しないで廃炉にすれば、費用の塊だけになる。
 したがって、原発は稼働させなければならない。「経営を圧迫したのは原発の維持費」と言うのは、経営の素人を騙すための詭弁である。

≪3;そもそも原発は非常に高い≫
⇒いくら高くても、日本国民は豊かになる。電力会社が苦しいだけである。
 たしかに福島原発事故処理では、莫大な処理費用が発生している。しかしそのお金は、日本国民が働いて受け取る。働けば国民所得は増えていく。原発建設に伴う膨大な費用も、大半は日本人の所得である。もし原発稼働で電力会社の経営が苦しくなったとしても(そうはならないが)、国民は豊かになる。さらに、今ある原発を稼働させるコストは、限りなく低い。
 それに対し、化石燃料の代金は海外に支払うしかない。太陽光発電パネルの普及も、中国を太らせるだけである。どんどん日本が貧乏になっていく。
 そもそも、コスト計算などと言うものは、都合の良い数字をはじき出すための、いい加減なものだと思ったほうがいい。

≪4;止まっていても危険!動けばさらに増える核のゴミ≫
⇒「核のゴミ」は、決してゴミではない。貴重な資源である。
 原発廃棄物は、将来エネルギーとして活用できる可能性が大きい。第4世代の原子炉など、(日本が停滞している間に)世界ではそのための技術開発が進んでいる。
 さらに30年先の世界には、エネルギー消費に目覚めた100億近い人類がひしめいている。核エネルギーがなければ、必ずエネルギー事情がひっ迫する。戦争になる可能性は大きい。処分方法は、将来世代に選択肢を残せるようにしておかなければならない。
 原発が動かなければ、優秀な技術者がいなくなり、いまある核のゴミを処理する技術さえ、枯渇してしまう。それこそ恐怖のシナリオである。

≪5;狭い日本「避難は不可能」≫ 
⇒そもそも避難するから人命が失われる。
 福島の事故で亡くなった人は、すべて避難した人たち、あるいは廃炉作業での労災である。放射能ノイローゼで自殺した人もいると聞く。いずれも、ありもしない放射能の恐怖を刷り込まれた結果である。直接の放射線で亡くなった人はいない(鼻血で騒ぐ人はいるが)。
 原発は「原爆」ではない。原発事故で逃げなければならないことはほとんどない。心配なら、屋内退避だけで充分である。
 原発事故より怖いものは山ほどある。その一つが、原発や放射能の恐怖を煽ることである(このようなほんとのことを言う人は落選するから、政治家は「うそつき」ばかりになる)。

≪6;原因究明も事故の収束もできていない≫
⇒ないものねだりの言いがかりである。 
 事故の原因については、いくつもの事故調査会などで、徹底的に調査されている。どんなものでも、原因究明に完璧なものなどあり得ない。ある程度のレベルのものが出た時点で、それをもとに対策していけばいい。もちろんその後でも、真相究明は続けていく。それが筋というものであろう。
 普通の原発廃炉でさえ、10年単位の時間が必要である。まして原発事故の収束には何十年もかかる。
 少しづつ進んではいるが、いまの時点で収束ができているわけがない。ないものねだりの言いがかりは、慰安婦問題で限りなく難癖をつけてくる韓国と、まったく同じ思考回路である。

≪7;日本の原発は「世界最高基準の安全性」というウソ≫ 
⇒世界最高を目指すなら、常に「現役」でなければいけない。
 安全というのは、何かの基準に照らして、それを下回るリスクを云々するものである。そうでなければ、いくらリスクを低減させてもきりがない。「世界最高基準の安全性」を宣言した時点で、宣言者の基準で世界最高であればいい。だが、日本の原発が停滞したここ数年の間に、世界の原発技術は間違いなく向上した
 だから、現時点での世界最高などあり得ない。世界最高を目指そうと思うのなら、常に「現役」でなければいけない。
 それに、べつに世界最高でなくともいい。いまでも日本の原発は、人が風呂に入るより、よほど安全である。


 つまり、市民の会の7つの指摘は、7つのインチキ(または言いがかり)である。
 じつはこの会のHPに、よく似た意見広告が掲載してある。
 もっと許せないのは、そこには女児の写真と共に『これ以上ヒバクさせないで!』とあり、『幼い子供たちをヒバクさせたのは私たちすべての大人の責任です。・・・』と続けている。
 いかにも福島にいた子供たちが、とんでもない目にあったような書きぶりである。まさにこのような印象操作が住民を傷つけ、差別意識を生み出すのである。こんな残酷な市民の会は、万死に値する。

 これらの意見広告を出す人は、自分たちさえ安心できれば、ほかの人たちはどうでもよいという、自己中心の「一国平和主義」そのままである。まさに羊の面をかぶった悪魔であり、しかも「虫の目」以下の「ばい菌の目」でしか、この問題を見ることができないのである(ばい菌は増殖して宿主を殺し、結局自分も死ぬ)。

 だから、市民の会の指摘に従えば、間違いなく日本と世界の破滅は早まる。
 70億を超え、さらに増えつづける人口を支えるエネルギーをどうするのか。いま、原子力の選択肢をなくしてしまうリスクは、断じて犯すべきではない。現に中国や韓国などの近隣諸国が、膨大な数の原発をつくろうとしている。技術的に不安のある原発が、日本の周りをずらり取り囲む。

 そのなかで、原子エネルギーの安全な開発こそが、高度な「インテグラル型(摺合せ)技術」を得意としてきた日本が生き残る、最後のチャンスではないか。たかが、一度や二度の失敗を恐れていてどうするのか。エネルギー確保のために、(北朝鮮のような)軍事大国になるしか、選択肢がなくなってしまう。
 あの意見広告のような、ウソとインチキをたっぷり包んだセンチメンタリズムは、もういい加減に卒業しなければならない。
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