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移民と隔離政策(27年2月17日)

 曽野綾子氏のコラムの誤りは、アパルトヘイト(人種隔離)ではなく、移民受け入れそのものである

 曽野綾子氏の産経新聞に投稿した「労働力不足と移民」と題したコラムが問題視されている。
 このコラムで曽野氏は、労働力不足を解消するために移民受け入れを容認するとともに、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住むことを提案している。
 コラムでは最後に、≪人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい。≫と結んでいた。

 これに対し、アパルトヘイト(人種隔離)を許容する内容が含まれているとして、南アフリカの大使が、産経新聞に抗議を行った。
 コラムの善悪は別として、建前として抗議するのは南ア大使の役割である。抗議しなかったら、せっかく自国が苦労して、アパルトヘイトを排除してきたのが、水の泡になるからである。

 そして、曽野綾子氏の言説の大半は支持してきた私でも、コラムの内容には首を傾げざるを得ない。
 何がいけないのか。

 まず、移民を簡単に容認することである。
 藤本隆宏氏の「ものづくりからの復活」にあるように、高度成長期に労働者が不足した日本は、少ない人手で効率を上げるため、数々の工夫が生まれ「良い現場」が数多く生まれた。人手が足らないからこそ、生産性が高くなり所得が増えるのである。
 もし介護などの労働力不足を移民に頼ってしまうと、生産性は低下してしまい、国民一人一人の所得は間違いなく減ってしまう。

 また、移民を受け入れたときのもう一つの問題は、まさに国ごとの居住区がいくつもできることである。スラム街と言ってもよい。居住区ごとの格差が発生し、あらたな身分制度が生まれる。いま、中東や欧州で問題になっている。

 そもそも、生活文化の異なる人種が、同じ国の中に許容割合(せいぜい5%)以上共存することそのものが、大きな矛盾だと考える。曽野氏の言うように、現実には受け入れた段階で一緒に住むことはできないし、前述のように居住を分けるともっと大きな問題が発生する。

 したがって、曽野綾子氏のコラム論文のほんとの問題点は、アパルトヘイト(人種隔離)ではなく、移民の受け入れそのものにある。
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