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芸術家の政治的発言(27年2月2日)

 「感性」を売り物にする芸能人・芸術家は、込み入った背景の政治的発言をするべきではない

 歌手の沢田研二が、1月20日のコンサート会場で突然ブチ切れ、会場を凍りつかせたという。
 彼はトークタイムで、長々と政治的な意見を述べた。痺れを切らした客席から「歌って~!」という黄色い声援がでたとき、「黙っとれ! 嫌なら帰れ!」と怒鳴りつけた。会場は、凍り付くような雰囲気に包まれたそうだ。

 もともと沢田氏は、「3・11」以降、反脱原発ソングを発表、12年の衆院選では山本太郎氏の応援も行った。ステージ上で「アッカン、アベ~」と安倍政権をからかうような発言もしている。

 彼に限らず、芸術家やアスリートたちは、「反体制」的な意見の持ち主が多い。「電気より命」と発言した坂本龍一氏、何かの授賞式で反原発を訴えた村上春樹氏などである。つい最近では、桑田佳祐がライブで天皇陛下をバカにした言動をとって、顰蹙を買っている。
             青臭い音楽家
 いろんな意見を持つのはいい。
 だが、彼らの(考える力のある)ファンは、彼らの作品を鑑賞したいのであって、独りよがりの政治的発言を聴きたいのではまったくない。政治問題については、国論を2分するものが多いだけに、ファンといえども反対の立場の人も多いはずだ。

 
 たとえば、原発・エネルギー問題である。
 この件に関しては、理論的なリスクや実質的なメリット・デメリットというより、いまや「感情」・「感覚」の問題にすり替わってしまった。

 「感情」だから、内容は未熟であり無知・無責任でもある。それでも彼ら音楽家や作家は、その「感情」を人々に訴える感性や技法に長けている。だから、「一流」になった。この「感情」を、卓越したテクニックで訴えられた観客は、それに流され、騙されてしまう。これこそ詐欺ではないか(むかし催眠商法というのがあった)。

 一方でエネルギー問題は、技術限界、人口増からの環境限界、科学的安全、貿易収支から国家財政、コスト限界、エネルギー安全保障、国民感情配慮など、多面的な知見が求められる。それらを集め、いくつかの実現可能性を検証する。その中から政治的な決断によってどれかを選択しなければならない。
 解決には、きわめてややこしいプロセスが必要である。

 このような、多岐にわたる専門的知見や政治・経済的背景をベースに議論しなければならない複雑な論点に対し、青臭い個人の「感情」を巧みに訴えられる国民は、たまったものではない。有名人であるだけに、影響力は大きい。簡単に、間違った方向に進んでしまう。

 したがって、「感情」・「感性」を売り物にする芸術家は、込み入った背景の政治的発言を発するべきではない。でないと本質が疎かになり、確実に国の行方を誤る。(もちろん、老害退相も同じである)
                ゴミ
 もし私がジュリーのコンサートで、「黙っとれ、云々」の言葉を浴びせられたら・・・・。 大声で「勝手にしやがれ!!」といって、テーブルをひっくり返したであろう(できたらいいね)。
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