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発電コストは決まらない(12月26日)

 コスト計算は、それぞれの主張をする人が、自らに都合の良い数字をはじき出すためのものである

 経済産業省は、来年1月、電源ごとの発電コストを試算するそうだ。
 原発や火力発電、再生可能エネルギーなどのコスト見積もりである。この試算をもとに、2030年の総発電量に占める電源別の割合、エネルギーミックスを策定するという。

 前回(2011年)の試算では、原発のコストに事故対応費用を織り込んだ結果、原発の発電コストを8.9円以上とした。2004年の政府試算で5.9円とされていた原発の発電コストは大きく上昇し、石炭火力の9.5~9.7円、LNG火力の10.7~11.1円並みの水準となった。

 再生可能エネルギーのコストは、前回試算では陸上風力が9.9~17.3円、住宅用太陽光は33.4~38.3円であった。ただ当時の試算には、固定価格買い取り制度の買い取り価格や、太陽光や風力の普及拡大に必要な送電線の増強費用が含まれていない。

 しかしこのようなコストの見積もりは、一面的にしか過ぎない。はっきり言えば、いい加減である。
 コストには、実際お金に換算できるものと、できないものがある。人命などの社会的コスト、環境コスト、安全保障コストなどがある。これらは、直接お金に換算できない。

 たとえば化石燃料の運転で、たくさんの人が亡くなっている。これがコスト計算に入っているとは思えない。化石燃料採取時の事故や化石燃料の発電だけでも、毎年数百万人が命を落としている。
 さらに化石燃料に偏重したエネルギーは、日本の安全保障の重大な脅威にもなる。
 もし金額に換算すれば、年間10兆円は下らない。

 直接お金に換算されるものであっても、計算の方法によって大きく異なる。
 原発事故には補償金はあっても、化石燃料の汚染で亡くなった人には補償されない。すでに建造された設備の償却をどのようにするかによっても、極端に違う。温暖化による異常気象の、対策費用が入っているとも思えない。

 そもそも、コストというのはきわめて人為的である。直接のコストであるお金であっても、人間様しか欲しい人はいない。それも含めて、とくに社会的コストなどは、人々の価値観に大きく左右される。

 したがってコスト計算というのは、それぞれの主張をする人たちが、自らに都合の良い数字をはじき出すための便宜的なものにしか過ぎないのである。
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