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映画パンドラの約束(10月3日)

 この映画の意義は、普通の人が思考停止してしまう原発に対し、科学的アプローチを推奨するところにある

 先日久しぶりに映画館へ足を運んだ。しかも有料である。平日にもかかわらず、座席は30~40%埋まっていた。無料チケットのおかげであろう(じつは私も、無料招待券を2枚ももらったのだが、認知症の話と勘違いして、譲ってしまった)。

 かつての反原発主義者が、あらゆる情報を集め、原発推進派に転じた。この映画は、その知識人たちの声を集めたものである。
 ただ、映画で言わんとしていることは、私にとって、特に目新しいことではなかった。

①放射線の危険性は感覚的に捉えられているため、実態とかけ離れている
②チェルノブイルや福島において、民間で亡くなった人はいない。禁止区域の人は健康に暮らしている
③化石燃料の消費が地球温暖化を加速させており、食い止めるには原発を使わざるを得ない
④石炭による大気汚染では、年間300万人以上が犠牲になっている
⑤原発は安全性能が飛躍的に向上しており、さらに進化している
⑥人口が増大している低開発国のエネルギー開発は、原子力しかない
⑦核兵器弾頭が解体され原発の燃料となっているため、原発が稼働すれば核兵器は少なくなる

 などである。⑦を除いて、私がいつもこのブログで述べていることである。それでもあらためて、次のようなことを感じた。

 多くの人は原発問題に対し、感情や感覚だけで議論を進めている。
 たとえば香山リカ氏は、精神科医でありながら、「福島であんな事故が起こったのに、まだ原発を進めるなんて・・・」といった、カストロフィーバイアスそのままの発言をしている。「福島の事故は、一歩まちがえれば、東日本が壊滅した」ということを、まだ信じている人がたくさんいる。まるでオウム真理教の信者である。

 すなわち、学者といわれる人たちでも、原発となると科学的・論理的に考えなくなってしまう。お化けを怖がるのとまったく同じである。

 この映画を監督したロバート・ストーン氏へのインタビューも、このことに触れている。
 監督は、福島を訪問したときのことを聞かれ、こう答えている。

≪訪問前まで気付かなかったことは、いかに人間の感情がすべてを支配するかということだ。私は科学をよく知っており、福島にいても安全なのを知っていた。ただ、私の感情や脳がそうならなかったのも事実だ。私が子供と一緒にそこに住むかと言われたら、おそらく住まないだろう。人々に『安全だ、科学者を信頼しろ』とは言えない。ただ、こうしたことを認識すれば、映画をより深く理解できるだろう  4月8日産経ニュースより≫

 だから、「筋金入りの」反原発者は、こんな映画にはびくともしないだろう。それに、彼らが信じたい怪しげな情報は、いくらでもころがっている。

 したがってこの映画の意義は、その中身ではない。普通の人が思考停止してしまう原発という事柄に対し、科学的なアプローチを推奨するところにあるのだと思う。
 その意味では、このことを一般の人に訴えられたかどうかは疑問である。

             光る太陽

 ところで映画にもあったが、いま世界は第3世代から第4世代の原子炉へと移行しつつある。そうなると、これまで厄介者としか考えられていなかった放射性廃棄物が、願ってもないエネルギー源になる。

 日本が原発とその思考を停止している間、世界はどんどん進化している。現代社会では、安定したエネルギー源がなければ、生きていくことはできない。
 日本の反原発者は、世界のエネルギーを求めて、また大東亜戦争を起こそうとするのであろうか。

 ロバート・ストーン監督は、つぎのようにも言っている。

≪安倍晋三首相はたとえ(原発推進策が)不人気であっても、自らが信じることを口にする勇気を持っているという点で尊敬している。政治家が不人気なことを言うとき、聞く価値がある≫

 これを利権がらみだというのは、下種の勘繰りである。

 それにしては、いまの原発再稼働はあまりにも、のんびりしすぎている。
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