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ブラック企業の功罪(9月16日)

 大きな組織では個人は埋没する。だが組織を見切る前に、個人の能力を養っておかなければならない

 「ブラック企業」という言葉が、独り歩きしている。ヤマダ電機にワタミやユニクロ、すき家など、これまで優良企業だと思われていた会社が、その実「ブラック」だったとされている。

 かって私の娘が、県内の某建築会社に就職したことがあった。営業職ということもあって、毎日午前2時過ぎまで拘束されていた。それが数年続いたので、どう見てもブラックにしか思えず、退職を促した。その住宅会社のブラックぶりを、酒の肴にしたこともあった。
 社長の熱意はわかるし、ほんとはいい会社なのかもしれない。
 それでも地域密着の住宅会社にとって、悪評は致命的である。いくら100年住宅だろうが、私や知人はこの会社に建築を依頼しようとは思わない。

 ブラックどころか、社員に大甘の企業もある。
 「自由奔放」、「自主性を重んじている」と言えば、聞こえがいい。しかしその多くは、会社にしっかりした理念や方針がないだけである。社員が勝手気ままに行動したあげく、組織としての方向が定まらず、企業間競争に負ける。その結果、悲惨な最期を遂げた会社をいくつも見た。

 人は怠惰である。
 ある程度は強制されないと、ズルズルその日を過ごしてしまう。
 体を壊したり、うつ病になりそうなら、やめればいい。過ぎたるは及ばざるがごとしである。むしろ、過ぎたときに、やめることのほうが大切である。その雰囲気を醸成しなければならない。

 私自身は、企業がブラックかどうかは、勤務する人の気持ち次第だと思っている。 世の中には、ブラック企業を必要としている人は必ずいる。そういう組織がなければ人は育たない。

 あるいは、どんな組織でもいい。組織で10年。一生懸命働いてみることだ。そこで初めて組織を見切ったらいい。 どんなにいい仕事をしても、大きな組織では個人は埋没する。しかし、その前に個人の能力を養っておかなければならない。
 その個人の能力を育てるのが、組織なのである。
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