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やり残したこと(9月15日)

 死ぬときには必ずやり残しの仕事が発生する。それでいいのだ

 今日は敬老の日。世が世なら私も式典に招待される年齢である。それがいまは、75才にならないと敬老される資格がないそうだ。
 75才にならなくとも、50才過ぎたらいつ逝ってもいい。

 その時気がかりなのは、やり残した仕事である。ありがたいことに、いまでも何かしら仕事を依頼される。そうなると常に、やり残した仕事ばかりになる。
 このブログもそうである。頭の中には、いくらでもあるのに、毎日一つしか書けない。書く方が追い付かないから、まだいっぱい残る。そのうえ、毎日インプットされる。

 したがって、自分が死ぬときには必ずやり残しの仕事が発生する。それでは未練が残る。死んでも死に切れない。

 だが、あるとき曽野綾子氏の「やり残すのはあたりまえである。」というコメントを聞いて、目からうろこが落ちた。やり残さない人などいない。できたところまでで、十分である。

 吉田兼好も、「ひたすら世を貪る心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。」と言っている。
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