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奥穂高遭難から(9月11日)

 延々と社会に迷惑をかけるのに比べたら、山で死ぬのもいいのではないかと思う

 奥穂高のジャンダルムで、坂井市の71歳の男性が転落死したという(11日の福井新聞より)。
 このコースは、日本の最難関コースのひとつで、これまでも多くの人が遭難している。10日の早朝だから、悪天候ではなかったはずだ。浮石か何かで、足を踏み外したのであろう。
 ご冥福を祈る。

 このコースは、私が登山を始めた時から、目標としていた。
 いちど奥穂の頂上で、目の前にジャンダルムを眺めながら、断念したことがあった。単独だったし、こんなところいつでも来れる、こんな簡単に目標を達していいのだろうか、と思ったからだ。

 今にして思えば、30歳前で脂の乗っていた時期だけに、惜しかった。そのまま、ずるずるとここまで来た。もうこの年では無理だろう。Uチューブで他人の記録動画を見たり、地図を眺め我慢していた。

 したがって、今朝この遭難の記事を見たとき、「私ならこれ以上の幸せはない」と思った。あこがれ、目標としていた山で、亡くなるのである。もしここで成功していたら、人生の目標はなくなってしまう。
 その後の人生は、「腑抜け」である。(もっとも、71才の男性の気持はわからない)

 たしかに遭難した場合、救助活動などで大きな迷惑をかける。この場合も朝7時に連絡が入って、ヘリの遺体収容が10時ごろだから、3時間のご面倒である。

 だが、生きていることの方が迷惑な人は多い(この男性は違うだろうが)。
 長生きして、延々と家族・縁戚や社会に迷惑をかけるのに比べたら、これぐらいは何ほどのこともないのではないか(救助する人たちは大変である)。
 そして普通に地上で死ぬときも、必ず誰かに面倒をかける。

 そう考えたら、山で死ぬのもいいのではないかと思えてきた。救助者の迷惑にならないよう、好天の日に、搬送しやすいところに落下するのである。
 「そんなにうまくいったらお釈迦様はいらない」、と言われそうである。
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