FC2ブログ
RSS

大西中将と特攻隊(8月28日)

 特攻隊は、確実に米軍に多大な被害を与えた。いつか、はかり知れない成果を日本にもたらす

 小川栄太郎氏の「永遠の0と日本人」では、この特攻隊を創設し、指揮を執った大西瀧治郎中将についても述べている。

 私はこれまで、若者を死地に追いやる大西中将の作戦に対し、どうしても嫌悪感がぬぐいきれなかった。特攻作戦なら、高齢者からやるべきだった。じじいの決死隊の編成である。
 だが小川氏の以下の文を読んで、少し考えが変わった。あの状況下では、特攻隊は若者でなければならなかったのである。

≪大西の真意を要約すれば次のようになるであろう。
 日本には、もはや戦争遂行能力はないが、終戦工作は極めて困難であり、下手をすれば内乱により亡国に拍車がかかる。
 インディアンやハワイの運命を思うと、無為のままアメリカの本土上陸を許して占領されれば、おそるべき奴隷化政策になる可能性がある。
 終戦工作のために、最後に一戦でも勝ちたい。それには特攻しかない。
 が、それでも99パーセント勝てない。
 だが、勝てずとも、必死必中の特攻作戦は、若者の国を思う至情によって陛下の御心を動かし終戦のご聖断が必ず下るであろう。
 その民族的記憶が、500年後、1000年後の民族再興の灯となるはずだ。・・・・・
 ・・・中略・・・

 戦争末期の大西は狂信的な徹底抗戦論者として、要路の人皆から忌避されるほど激しかった。
 そして陛下の終戦のご聖断を聴いた大西は号泣してこれを受け入れ、玉音放送の翌早朝切腹する。≫

 特攻が相手に与えた被害については、疑問視する声が多い。
 それでも、確実に成果を遺した。
 日本の特攻死4400人弱に対し、米軍の死者はそれ以上に及ぶ。沈没船が32隻、損傷を与えた艦は278隻に及んだという。米軍は隠していたが、通常攻撃の10~20倍の効率であった。米軍は一時退避も考えていたという。その場合には、日本の無条件降伏はなかった。あと一息であった。

 現実にはそこまでに至らなかったが、特攻がなければ、本土は米軍に蹂躙され荒廃の極みとなっていたはずだ。とてもパンパンどころではすまない。

 特攻隊ではないが、学徒出陣の結果、B級戦犯(捕虜虐待)で処刑された、当時28歳の木村久夫氏の遺書を紹介しよう。

≪日本は負けたのである。
 全世界の憤怒と非難との真只中に負けたのである。日本がこれまであえてして来た数限りない無理非道を考える時、彼らの怒るのは全く当然なのである。
 今私は世界全人類の気晴らしの一つとして死んで行くのである。これで世界人類の気持が少しでも静まればよい。
それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである。
・・略・・
 日本の軍隊のために犠牲になったと思えば死に切れないが、日本国民全体の罪と非難とを一身に浴びて死ぬと思えば腹も立たない。笑って死んで行ける。≫

 今の日本人は、若くして死んでいった彼らの意をどれだけ汲んでいるか。
 この遺書とともに、大西中将の遺書も、ぜひ心にとめてもらいたい。
スポンサーサイト



トラックバック
トラックバック送信先 :