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特攻隊の遺書(8月27日)

 特攻で亡くなった人は、遺書に書いた通りの立派な「日本男児」として、いつまでも記憶してもらいたいと思っている

 「特別攻撃」は、大東亜戦争末期、万策尽きた旧日本軍が、窮余の一策として考え出した戦術である。操縦士が飛行機ごと突っ込み、敵艦を破壊する。九死に一生どころか、「十死零生」すなわち、出撃したらトラブルでも起こらない限り、必ず死ぬ作戦である。
 まともな作戦ではない。
 小川栄太郎氏の「永遠の0と日本人」では、この特攻隊についても言及している。

 特攻隊については、15日のフジテレビ・プライムニュース、16日の共同通信紙面上でも、特攻生存者がそれぞれの思いを語っていた。
 プライムニュースのゲストは、「特攻者は国の行く末を念じ、率先して行った」といい、共同通信社は「特攻は高尚なことではない」と語らせている。

 特攻隊でも、生存者含めて1万人以上にもなる。いろんな人がいるのは当然である。とくに生存者の多くは、GHQが作った「感化院」に入れられ、洗脳教育を受けたという。

 実際に出撃し、帰ってこなかった隊員の、ほんとの思いはどうなのか。その心の中は、生き残った人にはわからない。 
  
 彼らは、出撃に当たって多くの遺書や遺稿をしたためている。この真偽についても、疑問を感じている人は多い。これまで、現物や文献でこれらの遺書や絶筆を読んで、何かしら作り事めいたものを感じるという。軍には検閲があり、本心を書いてないのではないか。

  しかし、小川栄太郎氏はいう。

≪20歳前後の若者が、死を目の前にしてしたためた遺書である。それらが本音であるかどうかは、問題ではない。
 ・・略・・
 「明日、喜んで死んでいきます」と書いた、20歳やそこらの若者が、ピクニックやデートに行くような気持ちで、喜んでいるはずがない。遺書をしたためた夜、布団の中で号泣したかもしれない。そんなことを、家族や恋人に知ってほしいか、である。
 ・・略・・
 遺書に書いた通りの立派な「日本男児」として、いつまでも記憶してもらいたいと思うのが普通であろう。
 「死者をして、自ら葬らしめよ」
 これこそが、極限の死を選んだ特攻隊員への礼節ではないのか。≫

 まったくその通りである。
 曽野綾子氏が言うように、臨終は人生に1回しかない、最後の大舞台なのだ。それを名誉ある死として昇華できる機会は、誰にも選べるものではない。ある意味、幸運でもある。その誇りと名誉は、認めなければならない。

 知覧の特攻平和記念館や遊就館を訪問し、特攻隊員の遺書を見たら、だれもが涙する。20歳そこそこの若者が死を目前に書き残した文を見て、泣かない者はいない。

 遺書の内容が本心であろうとなかろうと、これこそ特攻隊員が望んだ「ありのまま」なのである。残ったものや、後世われわれの発する下司の勘繰りなど、許されるはずがない。


 それでも、その行為を「犬死」だったという人は多い。ほんとにそうか。
 それについては、次回述べる。
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