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戦争より悲惨なこと(8月26日)

 過度に戦争を恐れると、もっと悲惨な事態がおこる。歴史の現実をよく理解したい

 小川栄太郎氏の「永遠の0と日本人」を読んだ。小川氏は、昭和42年生まれ、気鋭の文芸評論家である。文芸評論家らしい、さばさばした文体がいい。

 この本を読んで、つぎの2つについて、思いを改めた。
 一つは、「本当に戦争は悲惨なのか」ということ。そして、「特攻隊の遺書」である。

 まず戦争の悲惨さについて。
 古代から人類が実感しており、我々は疑いなく戦争は悲惨だと思っている。

 ところが、じつは戦争というのは、歴史上の悲惨な出来事の一部にしか過ぎない。下の大量虐殺のランキングを見ていただきたい。(数字は、『国土学再考』大石久和氏より抜粋)

 第2次大戦 5500万人  20世紀
 文化大革命 4000万人  20世紀
 モンゴル征服 4000万人 13世紀
 慮山の反乱 安史の乱 3600万人 8世紀
 明王朝の崩壊 2500万人  17世紀
 長髪賊の反乱 2000万人  19世紀
 スターリン粛清  2000万人 20世紀
 奴隷売買   4000万人 7~19世紀
 イギリスのインド支配 1700万人 19世紀
 ロシア革命、フランス革命、ナポレオン戦争、ポルポト内戦  それぞれ数百万人


 われわれは、「戦争は悲惨だ、2度と繰り返してはいけない」と刷り込まれている。なんといっても、圧倒的な第2次大戦の大量殺戮の経験が身に染みているからである。
 もちろん、大変な出来事であったのは間違いない。

 それでもこれは、欧州、中国、アジアそして日本、文字通り全世界の人々の間での惨劇である。

 それ以上に多くの人々が殺され犠牲になったのは、内乱での虐殺、革命における粛清、あるいは圧倒的優勢な国が弱小民族を蹂躙した場合である。この場合権力者は、控えめな数字しか出さない。それでも、戦時を上回る相当な数字があがっている。

 文化大革命、スターリン粛清、モンゴルの大遠征などは、その典型である。この表にはないが、中国のチベット・ウィグル征服もかなりのものだ。第2次大戦での死者も、中国での内戦や戦闘以外での死者のほうが圧倒的に多い。
 この場合、双方にそれなりの軍隊があれば、無差別殺戮は起こらなかった。

 第2次大戦末期に、日本民族が無差別爆撃を受け、原爆が落とされたのも、まともに軍隊が機能していなかったからである。

 したがって最も好ましいのは、強力な軍隊を有しながら、戦争をしないことである。集団自衛も必要である。いずれにしろ、自国を力で守ろうとする強力な意思がなければならない。
 そうでなければ、まちがいなく最悪の悲劇が起こる。

 現実の優先順位は次の通り。
①相手より少しだけ弱い軍隊をもち、戦争しない
②相手より強い軍隊を持ち、戦争する(もちろん勝つ)
③相手より少しだけ強い軍隊を持ち、戦争しない(軍拡競争になる)
④相手よりかなり弱い軍隊を持つと、戦争を仕掛けられる(途中で講和できればいいが)
⑤軍隊を持たないで蹂躙される(国と民族がなくなる、歴史が証明)

 国と国との戦争では、一応国際法がある。また軍隊同士での「対等な」戦いが、悲惨さに歯止めをかける。しかし「国内」における虐殺は、そんな歯止めもない。内乱などは表に出てこないから、実態はもっと凄まじいものであることは想像できる。
 したがって、「一国平和主義」の人が選択する⑤は、最悪である。

 たしかに、戦争は悲惨である。絶対に繰り返してはいけない。
 しかし、そのことだけを恐れていると、もっと悲惨な状態を招く。具体的には、日本が戦争を放棄して、中国かロシアに飲み込まれてしまった場合を考えてみよう。

 すべての個人財産は没収され、公用語で日本語は使えない。派遣された汚職役人に、ケツの毛までむしられる。
 発言・広報手段を取り上げられ、世界発信もままならない中で、いったい何が起こるのか。大躍進、文化大革命、チベット・ウィグル併合、スターリン粛清など阿鼻叫喚の世界である。
 われわれは、歴史の現実をよく理解する必要がある。

 『賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ』
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