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プール開放自粛の恐怖(7月23日)

 事故が起こるたびに管理責任ばかり問うと、ほんものの危険社会になってしまう

≪夏休み恒例のプール開放に“異変”が起きている。兵庫県西宮市では市内40小学校中11校で中止の見通しとなった。要因は兵庫県警が各市町に送付した文書。3年前に大阪で小1男児がプールで溺死した事故を受け、監視員にライフセーバーなどの資格を求めたものだが、西宮市から運営を任される地域団体は「資格がない監視員が大半。事故が起きたら責任は持てない」とやむなく中止を決めた。(斉藤絵美)(7月20日神戸新聞NEXTより)≫

 これも、「角を矯めて牛を殺す」の悪例である。何か事が起こったら、問題解決の努力することをしないで、「回避」してしまう。
 たしかに何もしなければ、目先の事故は回避できる。その場合の責任は取らなくてもいい。

 ところが、目先を取り繕ったあげくどうなるか。子供がプールを使えないため、そこで泳ぐことができなくなってしまう。そうなるとまちがいなく、道路で遊んで交通事故に合う確率は高くなる。あるいは、運動不足でメタボになる子供も増えるだろう。さらに、将来必ず何人かは、泳ぎができないために亡くなる。

  プールでの事故→夏休みのプール開放自粛→道路での交通事故死者の増加       
                     →運動不足でのメタボ
                     →水泳能力者の激減→水の事故増加

 真偽のほどはわからないが、韓国では学校で泳ぎを教えることはなく、プールもないそうだ。先の沈没船事故でも、海洋警察でさえ泳げない人がいるということが判明した。あれだけの死者が出たのも、このことが原因の一つだったのではないか。

 すなわちプール開放の自粛によって、トータルでの犠牲者はかえって増える。何か事故が起こるたびに、管理責任ばかり問うのは、行き過ぎである。これも、「被害者」が強くなったからであろう。
 プールぐらいは「自己責任」にしないと、ほんものの弱者・無責任社会になってしまう。
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