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後悔できる命(6月7日)

 できたのにやらなかったのは大きな後悔であるが、命がなかったら何もできなかった

 人生の先が見えてくると、やり残したことを考える。まだ登っていない山もそうである。50年の登山人生で、行けたのに行かなかった登山コースが二つある。南アルプス光岳と、穂高から西穂への縦走である。

 前者は、大学3年のときの合宿で南ア甲斐駒から入山、大縦走の最後の山であった。稜線の下山口と光岳へと続く分岐のテント場で、光岳に行くかこのまま下山するかを話し合った。光岳を通って下山すると、15~20kmもの軌道を歩く。ピストンしても丸1日かかってしまう。
 協議の結果、そのまま下山することになった。最後はリーダーの私が決めた。2週間にも及ぶ山生活にうんざりしていたからである。3000m級の山々を縦走してきたのに、「たかが」2600mの光岳など、どうでもよいと思っていた。誰かが「後悔しないか?」と言ったのだが、今になってみれば、少なからず後悔している。

 後者は20代の後半、山岳クラブ(長岡残雪)のメンバーと、北鎌尾根から槍ヶ岳を登り、肩の小屋付近で1泊。そこからは単独で、北穂から奥穂まで縦走して奥穂山荘に泊った。晴天の翌朝、西穂まで行くかそのまま下山するか迷ったが、奥穂をピストンして白出沢コースから下山してしまった。単独で日本最難関のコース(奥穂~西穂)を通るのに、怖気づいたのである。
 若くて脂の乗っていた時期だけに、残念であった。すこし思い切れば行けた。いまはもう、そんな体力・気力がない。

 一方、命拾いもいくつかあった。
 たとえば20歳のころ、積雪期の越後三山で滑落したことがあった。これも「長岡残雪クラブ」の人たちと、中の岳から八海山への稜線を通過中である。後ろを振り向いた途端に、滑り落ちてしまった。2~3メートル落ちたところで、たまたま1本残っていたブッシュに、必死でしがみついた。このまま落ちたら、数百メートルのダイビングである。90%、命はなかった。あの細いブッシュと、引張りあげてくれた仲間たちが、命の恩人である。
 それ以来振り向くときは、必ず足場を確かめるようにしている。ほとんどの事故は、なんでもないところで起きる。

 できたのにやらなかったのは、大きな後悔である。だが命がなかったら、後悔すらできない。
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