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平成25年3月(1~31日)

3月1日(金)
【型破りと型なし】
 これは先月亡くなった、中村勘三郎の口癖だった。型とは、ルールである。会社で言えば、作業マニュアル、作業標準だ。型にはまるなとか、マニュアルはいけないとかいわれるが、最初から何もないということはあり得ない。少なくとも人はすべて、生まれてしばらく、周りのルールを習っている。そうしなければ、文字や言葉もわからないし、食物の食べ方もわからない。どんな人でもある程度、型にはまらざるを得ないのである。
 じつは、そこから後が大切なのだ。型にはまりすぎる、ルールを守りすぎると、変化する環境に合わなくなる。そこで、型を破り、あるいはルールを改善して、生き延びる。「守・破・離」。これが、人類のたどってきた歴史である。


3月2日(土)
【途上国のCo2削減】
 地球温暖化会議(COP~)では、途上国の削減義務が問題になっている。途上国の言い分は、『これまでは、先進国が、さんざんCO2を増やして経済発展をしてきた。途上国にCO2の削減を義務づけさせようとするのは、途上国の経済発展を阻止しようとする先進国の横暴である』であった。
 この途上国の言い分に対してはこれまで、反論が難しいのではないか、と思っていた。

 ところがこれに対して、劇作家の山崎正和氏は、『中央公論 24年12月号』で、つぎのように述べている。≪・・途上国の論法は歴史的平等主義とでも呼ぶべきもので、先駆けて工業化して環境を破壊した先進国が先駆けて犠牲を払うべきだというのだが、これは工業を先進国から移入した恩恵を忘れた詭弁にすぎない。じつは環境を汚してまで先進国が努力したから途上国の工業化もできたのであって、同じ祖先の遺産を受け入れた以上、その借財も分担するのが論理というものだろう。≫

 これはこれで、先進国の言い分として、納得できる。では、どちらの言い分が正しいのか。
 いつも言うように、世の中は《白か黒か》《1かゼロか》ではない。ほどほどのところに、真実があると思う。
 すなわち、先ほどの先進国と途上国の言い分は、どちらも正しいし、正しくない。私なりの言い方では、『どっちもどっちだ』。 で、お互いに譲る。それができなければ、戦争になる。戦争に勝ったほうが正しいのは、歴史が証明している。したがって、国益を守るためには、軍事力は絶対必要なのだ。


3月3日(日)
【規制緩和と生産性】
 ずいぶん昔から『規制緩和』についての賛否両論が渦巻いていた。しかし、この『規制緩和』という言葉の意味が、人によって違うのではないか。違う概念で同じ言葉を使っていたら、話が合わないのが当たり前である。

 たとえば、気鋭の経済評論家で中小企業診断士の、三橋貴明氏が「日本経済を殺した真犯人はだれだ!?マガジンハウス社」で、つぎのように述べている。『経済がインフレギャップの状態にあるならば、政府が規制を緩和、撤廃し、民間企業の新規参入を促し、さらに国営企業は民営化し、市場競争の波にさらし、生産性向上をはかるという施策は全く正しい。だが、デフレ期には間違っている』

 すなわち、この場合の『規制緩和』の意味は、業界の垣根を外して企業を競争にさらし、生産性を上げる(聞こえはいいが、安値競争させる)ということである。もちろん、このような『規制緩和』は、デフレをますます促進させる。当たり前である。

 しかし、異なる意味での『規制緩和』もある。たとえば、Aというものを作っていた企業が、新たにこれまで世にないBという商品を開発しようとする場合、立ちはだかる規制である。たとえば、医療関係の器具や薬品を作る場合、中小企業には不可能と思える規制の壁が立ちはだかっている。天下りの検査機関に対する、膨大な申請資料や法外な手数料である。これは、食品関係、消防関係など、他にも無数にある。産業財産権もそうである。『安全』に名を借りた、あるいは特定の圧力団体による、非合理で理不尽な規制が山ほどある。もちろん、中国のように、お金のためなら何でも自由、は論外としても、規制のやりすぎはいけない。この場合の規制は、『需要を創造』する機会を奪うことになっている。

 生産性の向上とは、これまで10人で作っていたAという商品を5人でつくることだけではない。むしろ、Aより付加価値の高いBという商品を、同じ人数の10人で作ろうとするものでなければならない。そうやって、雇用を守り売り上げを伸ばす。先進的な企業とはこのように、『顧客を創造』しようとする企業である。このような企業を応援するための『規制緩和』は、国民に新たな価値を提供するだけでなく、需給ギャップを縮めてデフレを解消するはずである。

 ただ、大きな心配がある。日本がこれから伸びていくためには、まず需要が伸びて、それに供給が追い付く必要がある。しかし長らくデフレで、日本の技術力、供給力が毀損してしまったのではないか。すでに、多くの製造業は中国へ行き、製造機械など、日本ではあまり作らなくなった。その他多くの商品でも、日本より中国のほうがすぐれている。
 これを取り戻すためには、日本人がもっと働かなければならない。プライマリーバランスより、そのほうがはるかに大切である。日本人がみな、一生懸命働けば、財政赤字は理論上無限大でもかまわない。


3月4日(月)
【TPP参加】
 「聖域なき関税撤廃ではないことが分かった」と言って、TPP交渉に参加に気運が高まっている。もともとTPP反対論者だった私でさえ、何となくそのような気分になってきた。ということは、国民にも、同じようなムードが生まれてきたに違いない。

 しかし、よく考えてみれば私自身、まだTPPというものが、よくわかっていない。TPPは単なる「自由貿易」ではない、ということしかわからない。これまで、よくわからないものに参加して、ろくな目にあったためしがない。そもそも、TPP参加のメリットが全く分からない。貿易で、自動車の関税撤廃と言っても、たかが2%程度のことではないか。こんなものは、誤差の範囲である。為替が10%も動けば、吹っ飛んでしまう。

 それよりも、ISD条項とか産業財産権の保護強化など、大企業優先の協定が気になる。こんなものは、もともとグローバル企業であったアメリカ企業と、その弁護士軍団の利権を守るためだけにあるのではないか。まさしく、規制を作ることで1%が残りの99%を支配する、『レント・シーキング』の罠である。新しい形での、植民地支配の企て、としか思えない。

 そして、TPPは交渉である。「敗戦国」の日本が、「戦勝国」の米国に、交渉で勝てるわけがない。もし、交渉参加するなら、米国に勝てるだけの軍事力を持った上でなければならない。できるなら、つぎの戦争で勝ってからだ。「敗戦国」のままでは、ありもしない『慰安婦』や『南京大虐殺』の汚名さえ、晴らせない。
 さらに、TPPは、断じてアメリカとの軍事同盟強化のためではない。いくらTPPで、アメリカの大企業を太らしても、アメリカの若者は、日本を守ってくれるはずがない。そんなことは、火を見るより明らかではないか。日本は、自力で守るしかないのだ。


3月5日(火)
【TPPつづき】
 ただ私が、TPP交渉参加に、全面的に反対だと言えない理由が、国内の既得権である。コメ、国民皆保険、医薬品規制、食品規制など、どう見ても天下りの既得権益としか思えないものが、たくさんある。これらは、自己改革できない。これまで、戦後70年かかって積みあがったものが、簡単に改革できるとは思えない。
 TPP交渉を活用して、これらの既得権益を燻し出すのだ。それができれば、TPP交渉参加も悪いことではない。


3月6日(水)
【サービス業の労働生産性と診断士の報酬】
 国際比較での日本の生産性は、製造業に比べて、小売りやサービス業は、標準以下だと言われている。しかし、本当に製造業より小売りやサービス業の生産性が低いのだろうか。
 生産性は、一人あたりの加工高を意味する。「価値」とはあくまで「価格」だから、いかにクオリティの高いサービスでも、それを安い人件費で、格安で提供していれば、付加価値は低いことになってしまう。「物を右から左に流すだけの商売に金は、払えない」という価値観の国や地域では、小売やサービスの付加価値は低くならざるをえない。日本の小売やサービス業の生産性が低いというのは、日本人が小売業やサービス業が生み出している価値を低く評価していることの裏返しである。

 かくして、中小企業診断士のような、形のない(いいか悪いかわからない)サービスの価値は、極端に低くなるのである。公共事業やNPOという形でしか社会貢献できない。ただそこには、競争が働かないため、これまで辛うじて保っていたコンサルサービスの品質が、横並びの低レベルに落ち着いてしまうという、致命的な欠陥がある。


3月7日(木)
【1票の格差】
≪昨年12月の衆院選で最大2・43倍の「一票の格差」が生じたのは憲法違反として、升永英俊弁護士らのグループが東京1区の選挙無効を求めた訴訟の判決が6日、東京高裁であった。難波孝一裁判長は「投票価値の平等に反する区割りで、合理的期間内に是正されないまま選挙に至った」として「違憲」と判断。・・(中略)・・平成24年選挙では2つの弁護士グループが14高裁・支部に計16の選挙無効訴訟を起こしており、最初の判決。公職選挙法は国政選挙の効力に関する訴訟の1審を高裁と定めており今後、最高裁で審理される。   3月7日産経新聞≫

 これに関して、なぜ1票の格差がいけないのか調べてみた。ところが、ほとんど納得する理由がない。理由なしに、皆なんとなくそう思っている人だけだ。単純な人なら、有権者一人あたりの政治家の数だけ見て、不公平だというかもしれない。しかし、世の中の実態は、そんな簡単なものではない。根拠は昨年12月24日付で述べたので、ここで繰り返さないが、格差是正は、都会人の、過疎地に対する「搾取」そのものである。断じて、1票の格差には正当性があるのだ。

 裁判所の違憲の理由とされる憲法14条1項には、1票の格差について、これっぽっちも書かれていない。『裁判所がダメだと言ったから、ダメなのだ。』では、理由にならないし、法律の専門家は、自分の殻にこもるから、始末に負えない(専門家のいかがわしさについても、これまで散々述べた)。
なぜ1票の格差が必要なのかを、国民がみな自分の頭で考えることだ。


3月8日(金)
【市・県・国議会】
 予算編成の時期だけに、毎日市・県・国の議会が開催され、TV中継も多い。とくに市議会や県議会は、内容はともかく(いいとは言えないが)、進行はまるで下手な学芸会である。質問するほうも、答弁するほうも「台本」を淡々と読んでいるだけだ。本来なら、これらの審議を通して、わかりやすく施策を説明し、説得しなければならないはずである。これでは、でき合いレースで緊張感も何もないし、単調で、聞くだけで苦痛を感じる。小学生でさえ、もっと抑揚をつける。「台本」の読み合いだけなら、時間をかけた審議などいらないのではないか。少なくとも、選挙で選ばれた「エリート」であるはずの、議員や首長がこれでは、心もとない。答弁する地方官僚然りである。
 
とてもボランティアとは言えない報酬をもらい、議員一人当たり数少ない質問機会を活かすことができず、これだけつまらない「茶番」を見せつけられる納税者は、たまったものではない。欧米の地方議員は、ほとんどが無報酬のボランティアだと聞く。それなら我慢できる。地方財政で大きな負担となっている、議員報酬と公務員報酬の見直しは、必須であろう。


3月9日(土)
【WBC】
 昨日は、台湾との試合で、辛うじて勝った。じつは、昨晩途中までTVで、経過を見ていたのだが、日本のだらしなさにあきれて、寝てしまった。
だから、試合に勝ったとしても、実力ではそんなに違わないと思う。むしろ劣っているのではないか(専門家?は絶対そんなことは言わないが)。少なくとも、費用に見合った仕事はしていないはずだ。日本人選手は、本当に給料に見合った働き方をしているのか。日本軍選手の年棒を足すと、いったいいくらになるのだ?


3月10日(日)
【企業経営人の高額報酬制限・・国民投票】3月4日 毎日新聞配信
≪スイスで3日、企業経営陣の高額報酬を制限するか否かを問う国民投票が実施され、7割近い賛成多数で、制限導入が承認された。
 憲法が改正され、上場企業の株主が経営陣の報酬に制限を課したり、法外な退職金の支払いを阻止したりできるようになる。報酬制限に違反した企業幹部には罰金や禁錮刑が科される可能性がある。これによりスイスは、株主が企業トップらの報酬について強い発言力を持つ国の一つになるという。
 スイス政府によると、投票者の67.9%が報酬制限の導入に賛成した。
 ビジネス界はスイスの国際競争力が損なわれるとして制限導入に反対してきたが、企業役員らが高額報酬を受け取っている現状への国民の怒りが噴出した形だ。≫
 この動きが、世界中で加速すればいいのだが。そういえば日本でも、値上げ申請をしている電力会社役員の高額報酬が、問題になっている。しかしおそらく、1%の逆襲が始まる。これとどう戦うかである。


3月11日(月)
【成長戦略としての福祉分野】
 雑誌「世界」2月号で、宇野裕氏は、「ますます『福祉国家』しか選択肢がなくなった日本」と題して、つぎのように述べている。
(1)日本は、高齢化がピークとなる2050年までは、持続的成長が必要である。
(2)福祉産業は、膨大な潜在需要を背景によいサービスを提供できれば、高付加価値を実現できる。
(3)その中核となるのが、ロボットスーツやセラピー用ロボットなど、技術テクノロジーである。
(4)これらの技術は生活のあらゆる面で、適用できる。
(5)しかし、これまでは、モノ志向の発想のまま開発が行われてきたため、発展・普及しなかった。
(6)そこで今後は、①福祉テクノロジーのコンセプトを確立する、②エンドユーザーとその仲介をする専門家がニーズの提供において、重要な役割を果たす。
(7)そのためには、異分野交流、開発資金、人材育成などの整備が必要である。
 そして宇野裕氏は、その論文の最後で、こう述べている。「福祉労働がコミュニケーションを通じて人間的価値を生み出していることが広く認められ、正当な対価が支払われる状況を作り出すことが、福祉産業をゆるぎない成長産業に育て上げる王道なのである。」

 しかしながら、氏の議論で抜け落ちているのが、その「高付加価値」が、必ずしも金銭の移動に結びつかないことである。いくら付加価値が高いと言っても、それに対してお金を払ってくれる人がいなければ、経済活動には結びつかない。とくに福祉分野は、その恩恵を受ける人が経済的弱者である人が多いから、なおさらである。しかも、もともと福祉は『低賃金労働で、安い』というイメージが植えつけられてしまっている。付加価値に対し、お金を払ってくれる仕組みがなければ、事業は成り立たないのだ。
 
したがって問題は、どのようにして付加価値を金銭的価値に結びつけるかということである。あるいは、公益性を重視し、この分野は年間10~30兆円規模の財政出動で賄うということも、充分考えられる。国民が一生懸命働く限り、財政破綻はしない。国の財政赤字は、そのまま国民の財産であるからだ。


3月12日(火)
【不愉快な現実】講談社
 孫崎享氏は、この著書のなかで尖閣論争について、つぎのように主張している。
1.中国はまもなく、アメリカ以上の大国になる。
2.アメリカは、日本以上に中国を重視する。(実質的に、尖閣では安保適用はしない)
3.日本は、中国に軍事力で太刀打ち出来ない。
4.したがって、中国とは尖閣をめぐって争わず、仲良く(屈服)しなければならない。

 これが本当だとしても、日本人にこの主張が受け入れられるであろうか。しかも、彼の主張に反する論理は山のようにある。
 そして孫崎氏は、どこの国にも好戦的な勢力と厭戦的な勢力がおり、戦争を避けるためには、相手の厭戦的な勢力が増強するように働きかけなければならないと言っている。それはそうなのだが、いったい中国に厭戦的な勢力がどれくらいいるのだろうか。少なくとも、日本人の目には全く触れることがない。姿の見えない相手に働きかけることは、不可能である。

 しかしながら、戦争を避ける方法がないではない。すなわち、どの国でも好戦的な勢力と厭戦的な勢力というのは、ほぼ貧富の差と相関関係にある。だいたい、貧しい人ほど好戦的である。貧しい層は、戦争で現状を変えることによって、上昇する機会を得ようとするからだ(『希望は戦争』、といった若者がいた)。また、戦争で失うものが少ない。よって、好戦的な勢力が増えるということは、その国では貧しい層が増えているということを意味する。その反対に、豊かな人は、現状維持を望むため、戦争を嫌う。
 
それならば、戦争を避けるための重要な方策は、豊かな層から貧しい層へと、富を移転することである。孫崎享氏のような豊かな人がすべて、財産の90%を放棄すれば、間違いなく日本からの戦争は回避できる。その場合でも、日本から戦争を仕掛ける前に、中国内の好戦勢力が増殖し、否応なく戦争に巻き込まれる可能性は、大いにある。中国にとって、戦意を無くした相手ほど戦いやすいものはないからだ。そのときこそ日本は、見るも無残なことになる。
 

3月13日(水)
【花粉症】
 先週あたりから、花粉症の症状がひどくなった。車の上も黄砂がふり積もっており、相乗効果でとんでもないことになっている。鼻水が止まらなく、息もできない。
 市販の薬品をいろいろ試しているが、これと言って、効くものがない。例年3月が一番ひどい。桜の咲くころには、収まってくれればいいのだが。


3月14日(木)
【ネットワーク事業】
 ようやくこの仕事が終わる。最後の支援先は、越前市の製造業N社であった。この会社に対しては、「事業ドメインの見直し」について提言を行った。(以下略)


3月15日(金)
【製造業が日本を滅ぼす】野口悠紀雄 ダイヤモンド社
 この著書で野口氏は、つぎのように述べている。
①日本の輸出は、鉄やアルミなどのエネルギー多消費産業が伸びており、機械などの労働集約的な分野は減少している(逆に輸入が増えている)。
②日本の製造業従事者数は、1990年の1400万人から2010年の1000万人と、減少傾向は止まらない。
③為替レートは、現時点(H23年)が自然であり、今後も円高基調が続く。
④原発の停止で、電力料金の大幅値上げは避けられない。
⑤したがって、日本での製造業の衰退は避けられない。
⑥今後は、サービス業(金融、IT産業、コンサルティング業、介護など)に移行すべきである
⑦TPPはブロック経済であり、「投資歪曲効果」、「貿易移転効果」をもたらすことによって、世界経済を不均衡にする。日本にとっても、TPP参加国との関税撤廃は、ほとんどメリットがない(中国などTPP非参加国に比べ、すでに低関税である)。

 この中で、日本の産業構造が、サービス業に移行すべきだとするのには反対である。サービス業は、その業態を確立するのに、かなりのイノベーションを要するが、その後はそれほど生産性が向上しないからである。したがって、変化しなければならないのなら、製造分野でのイノベーションをはかるべきである。その場合、これまで公的助成に支えられてきた「介護」など、新しい分野に注目することは必要だ。


3月16日(土)
【TPP交渉参加表明】
 昨日安倍首相は、日本のTPP交渉の参加を表明した。私はこれまで、日本がTPPに参加するのには、懐疑的であった。明らかなメリットが思いつかなかったからである。
 しかし、国として参加交渉を決断したからには、ぐずぐずと反対しているわけにはいかない。決まったことに対して、仲間内で女々しく反論しても、「敵」を利するだけだ。また、全くメリットがないわけでもない。強固に反対している農協や医師会の利権構造に、メスを入れることができる。利権とまでいかなくとも、これらの業界は、もう破たんしかかっている。ゆでガエルに熱湯をぶっかけるようなもので、これは大きなメリットである。このことは、すべての分野に言えるのではないか。業界の「利権」や「悪習」を見直す、いいチャンスである。
 政治とは、10人を見捨てることによって、90人を救うものである。それくらいの非情さがなければ、100人すべてが沈没してしまう。見捨てられた10人は、豊かな90人が救えばいい。またそのために宗教がある。これまでのように、声の大きい10人が90人を搾取するような利権構造は、ぜひ改めるべきだ。


3月17日(日)
【フィギュアスケート】
 今回の世界選手権で、日本のフィギュアスケート成績は、さんざんであった。金メダルどころか、メダル一つも取れないのではないか。大方の予想通り、男子ではパトリックチャン、女子はキムヨナが優勝するであろう。
 そもそも、フィギュアスケートのような、どっちが勝ったのかわからないような競技はつまらない。それに、相手のミスを願うような、意地汚い根性まで芽生えてしまう。やはりスポーツ観戦は、陸上競技が一番である。その陸上競技では、日本人が太刀打ちできるのは、マラソンぐらいしかないのが残念であるが。


3月18日(月)
【仕事の報酬】
 世の中の大きな矛盾の一つは、『必ずしも社会にとって重要な仕事ほど高額報酬が得られるわけではない』ということである。これは、財やサービスのような商品にも言える。社会にとってどうでも良いような仕事や商品が高額で取引され、なくてはならない仕事や商品(サービス)は、聞くも無残な価格で取引されている。
 
前者の例として、金融サービスや天下り機関の経営業務などが挙げられる。或いは、既に利益誘導の道筋が確立した業界(放送、石油、ITなど)の経営者である。これらは、社会にとってそこでうごめくお金の額ほどは必要ないし、むしろ災いをもたらすこともある。既得権益を持つ1%の高額所得者が、99%の所得を搾取する核心にいることは間違いない。彼らの現在の働きの何万倍もの報酬を、不当に得ていることは、本人以外誰も否定できないであろう。

 後者の例として、食料生産に従事する人の報酬、農産物の価格が挙げられる。食べ物は、我々生物にとって、最も重要な命の基であり、欠かすことはできない。このような大切なものを生産する人の報酬は、本来最も優遇されていなければならないはずだ。しかしどの国でも、農民は最貧困層に位置づけられている。その報酬は、前者の高額所得者の何万分の一になるのだろう。

 極めつけは、「出産、子育て」である。食物生産とあわせ、「出産、子育て」は、生物、人間にとって、最重要な仕事である。その他の仕事は、付属みたいなものだ。だが、この報酬こそ不当な安さの典型である。「出産、子育て」を放棄して、社会進出をしようとする人は、これより重要な仕事があると思っているのであろうか。そんなことをすれば、ただ金銭報酬が得られる(GDPが高くなる)だけで、社会にとっては、明らかにマイナスになるのではないか。本来なら、自分の子の「出産、子育て」をしている人に対し、社会が高額の報酬を与えるべきであろう。もっとも、「出産、子育て」の直接の受益者は、自分自身とその子であるから、簡単にお金を貰うわけにはいかないところが難しい。

 ただ現実に公的保育では、一人の幼児保育に1ヵ月50万円以上かかるという。それくらいなら、子供を持つ人に30万円渡して、「出産、子育て」に専念してもらったほうが良いのではないか。そして、これまで保育所で他人の幼児保育を行っていた人が、子持ちの人がやっていた仕事につけば良い。そのほうがよほど合理的だ。


3月19日(火)
【ストレスとがん】
 安井至氏の『市民のための環境学ガイド』2013.3.10に、次のような記述があった。
≪6.5 がんと生活のストレス
 大阪大学の医学生が書いた『やさしい「がん」の教科書』2002年、PHP研究所には、ストレス度点数表というものがある。そのベスト20をご紹介したい。
1.配偶者の死          83点
2.会社の倒産          74点
3.親族の死            73点
4.離婚               72点
5.夫婦の別居           67点
6.会社を変わる          64点
7.自分の病気や怪我       62点
8.多忙による心身の過労    62点
9.300万円以上の借金     62点
10.仕事上のミス          61点
11.転職               61点
12.単身赴任            60点
13.左遷               60点
14.家族の健康や行動の大変化 59点
15.会社の立て直し        59点
16.友人の死            59点
17.会社が吸収合併        59点
18.収入の減少          58点
19.人事異動            58点
20.労働条件の大きな変化   55点
 過去1年間に経験した生活上の出来事について、合計点が150点以下ならまずまず耐えられるストレスで、翌年に健康破綻が起きる危険性が30数%程度。150~300点だと50数%。300点以上だと健康破綻の確率が80%になるとのこと。
 福島県からの避難するかどうか、にこの評価法を適用してみる。
 放射線を余りにも気にして、母親だけが子どもをつれて、どこかに避難するとどうなるのか。夫婦が別居で67点、単身赴任で60点、家族の大きな変化で59点、収入の実質上の減少が58点、
 家庭に関する21位以下65位までを列挙してみると以下のようなものがある。
27.息子や娘の家離れ        50点
30.夫婦げんか             48点
43.住環境の大きな変化       42点
45.社会活動の大きな変化      42点
47.団らんの家族メンバー変化    41点
48.子どもが新しい学校へ       41点
60.レクリエーションの減少       37点
 ここまでのすべての条件を満たしたとすると、合計545点になって、家族の誰かに健康破綻が起きるのが当然というほどのストレス量になる。
 少なくとも、がんとの戦いの最後防衛線である自己免疫の状況が最悪になることは間違いなさそうである。
 これまで、本Webサイトで何回も主張してきたように、放射線によるリスクだけを考えてそれを回避したところで、もし、ストレスが増大するような状況になるのであれば、放射線被曝の結末を発がんであると考えたとき、決して賢い選択だとは思えない。
 結論である。生命体というもののもつ不確実性を理解しないと、発がんのように複雑なプロセスをもつ現象への対処方法を、正しく判断することはできない。
 「放射線被曝 ⇒ 発がん」といった単純なものではないのである。≫
 
これまで、「ストレス」が悪いということはよく聞いても、いったい「ストレス」とは何かが、よくわからなかった。記述内容のストレスの点数は、個人差があるはずであるが、具体的に「ストレス」がなにか、それがどう影響するのかがよくわかる。福島県で、放射線防護のアドバイザーをしていた山下氏が、「いつもにこにこしていれば、放射線の害なんか吹っ飛んでしまう」と言っていた意味も、よく分かった。
 そう考えたら、これまで散々放射線被ばくの害をあおってきた人は、その言動こそが、人々を病気にしているのである。それでもまだ、自らの利権のために人々を恐怖させ、がん患者をつくろうとしているのか。とても許すことができない。


3月20日(水)
【稲荷例大祭】
 稲荷神社の例大祭に、町内およそ15名が参加。例によって年寄りばかりである。65歳以上の人が50%を超えた集落は、『限界集落』というらしいが、わが町内は、80%を超えているのではないか。『超限界集落』である。あと10年後に、存続しているかどうかさえ、疑わしい。
 もうまともに町内の役をする人は、誰もいなくなるのではないか。


3月21日(木)
【農業再生】
 TPP参加で、農業分野が壊滅するという。こう言っているのは、農協をはじめとした、団体である。TPPは、これらゆでカエル状態の既得権益集団に、熱湯を浴びせるものと言える。すなわち、農業を取り巻く環境がじわじわ悪化しているのに関わらず、何もしてこなかった業界に刺激を与え、自己改革を迫ろうとするものである。

 具体的には、農協の地域独占体制である。たしかに、大胆な改革に取り組んできた農協もある。しかし、多くの農協は、日本の農業の没落にたいし、自らの利権を守るだけで、何もしてこなかったとしかみえない。そのうえ、意欲ある起業家の農業参入を、巧妙に阻んできた。しかも農協は、電力と同じ地域独占であるため、農家には選択の余地がない。

 現在、日本の農産物はおもに、アメリカやオーストラリアなどの「先進国」から輸入されている。近い将来もそうであろう。ただ、水源や土壌の制限で、それほど生産が伸びるとは思えない。また中国の農産物は、安全性やコストの面で、日本の農産品とは太刀打ちできない。日本以上に耕作面積が小さく、日本の人件費に近づいているからである。東南アジア諸国も同じである。

 したがって、今後日本の農産物は、アジアに向けて大いに輸出できるはずだ。なにも、富裕層を狙う必要はない。2010年の農産物の輸出額は2400億円である。これが、農産物輸入額4兆円に迫った時、日本の未来は明るくなる。そのためには、従来イメージでの「農家」という業態そのものを、大きく変化させなければならない。昔ながらの「八百屋」、「魚屋」という業態が、成り立たないのと同じである。
 

3月22日(金)
【花粉症対策】
 花粉症対策として、越前市企業のスプレー式塗布剤を買った。3150円だが、花粉症が楽になるのなら安いものだ。鼻の孔に吸い込んで、最初のうちは効いたような気がした。くしゃみやかゆみなどが、それほどひどくならなかったからである。
 ところが1~2週間ほどすると、鼻の下が赤くかぶれてきた。鼻をかみ続けたからだと思って、かまわず(1日5~6回)薬を使っていたが、今度は鼻の中がガサガサとおかしくなってきた。数日前から異常があったのかもしれないが、水曜日ごろからは、痛みを伴うようになってきた。鼻孔が狭くなる就寝時などは、痛いのと鼻づまりで、ぐっすり眠るどころではない。

 典型的な薬の副作用であろう。あわてて説明書きを読んでみると「かぶれ、腫れ等の症状が出てきたら、投薬をやめてください」と書いてあった。数回程度の投薬ではなんともなくとも、数十回も続ければおかしくなるのであろう。それならそう説明してくれればいいのに。
 考えてみれば、人間に不都合な生物(この場合は花粉)だけを退治して、人間の細胞に何の異常もないということがあるはずがない。藁をもすがるつもりで、信じた自分がバカだった。「自分だけは大丈夫」という言葉には何の根拠もないこともわかった。そして、3,150円よりも、痛みと苦痛の時間を返して欲しい。


3月23日(土)
【文殊山】
 今年初めて文殊山に登った。7時に家を出て、大文殊往復、9時20分帰宅。早春とあって、さすがに風が冷たい。頂上稜線のカタクリがつぼみだ。あと1週間で、咲き始める。
 ところで、スギ花粉の襲来を恐れ、マスクをしていったのだが、登りの息が苦しくて、外してしまった。べつに外しても何ともない。花粉恐れずに足らずだったのだ。花粉症の症状を気にかけて、例のスプレーをかけ、とんでもないことになった。まだ、そのかぶれが残っていて、鼻の周りがひりひりと痛い。何もしないほうがよかった。

【体力テスト】
 2012年に行われた文科省の小中学生の体力テストで、福島県の生徒が全国最下位であった。原発事故放射線の影響で、屋外での活動が制限されたためであろう。そんなことはしないほうがよかった。放射線の害より、運動制限して体力が減退する弊害のほうが、はるかに大きいからだ。日本中が、必要以上に放射線を怖がっているため、これからもいろんな弊害が発生する。 


3月24日(日)
【ネズミ1匹】
≪福島第1原発で停電が起きて、冷却システムが停止していた問題で、電源盤の内部の壁などに黒い焦げ跡があり、ネズミが感電し、ショートさせた可能性があることがわかった。フジテレビ系(FNN)≫
 「大山鳴動してネズミ1匹」を地で行くような出来事であった。お粗末なのは、事故が発生してから、1日以上も原因がわからなかったことである。本来ならこれくらいのことは、数時間で復旧できるはずである。電気の専門家の本家本元である東京電力がこのざまだ。日本の現場力の低下が嘆かれるはずである。
 電気はデジタルであるが、その安定供給はアナログ、摺合せである。原発も日本が得意な、摺合せ型の製品であったはずだ。家電のような、デジタル技術にばかり目がくらむと、このようなことになる。


3月25日(月)
【ETV特集 ウクライナは訴える】
 昨日夜のNHK ETV特集『ウクライナは訴える』(再放送)を見た。ウクライナ地方の人々の、放射線による健康被害を訴えるもので、NHK・HPの番組紹介では、以下のように説明されている。

≪チェルノブイリ原発が立地するウクライナでは、強制避難区域の外側、年間被ばく線量が5ミリシーベルト以下とされる汚染地帯に、事故以来26年間、500万人ともいわれる人々が住み続けている。
公表された「Safety for the future未来のための安全」と題されたウクライナ政府報告書には、そうした汚染地帯でこれまで国際機関が放射線の影響を認めてこなかった心臓疾患や膠(こう)原病など、さまざまな病気が多発していると書かれている。
 特に心筋梗塞や狭心症など心臓や血管の病気が増加していると指摘。子供たちの健康悪化も深刻で2008年のデータでは事故後に生まれた子供たちの78%が慢性疾患を持っていたという。≫
 
  ただし、つぎのような説明もある。
≪しかしIAEAをはじめとする国際機関は、栄養状態の悪化やストレスなども原因として考えられるとしてウクライナの主張を認めていない。放射線の影響を科学的に証明するには被ばくしていない集団と比較しなければならないが、住民の被ばくに関するデータも、被ばくしていない集団のデータも十分ではなく、今後も証明は困難が予想される。≫

 
  この番組映像では、健康被害は放射線の影響であるということを、意図的に強調していたようにしか見えなかった。日本国内での福島の放射線被害に関しても、有識者会議で、結論を強引に安全側に持っていったと取れるような編集を行っていた。「前科」たっぷりのNHKのことだから、事実を相当歪めていることは間違いない。本当は、IAEAの言うように、放射線の影響を恐れるあまり、ストレスからアル中や偏食習慣に陥り、本人や子供たちに健康障害がおこったと考えるほうが自然であろう。
 
 素人考えではあるが、原発事故後に汚染牛乳から甲状腺がんが大量発生したことから、その関連食品の摂取を控えるようになり、貴重なカルシウムを得る機会が無くなってしまったのではないか。あるいは、ウクライナ地方と旧ソ連との政治的な駆け引きが背景にあるのかもしれない。ウクライナ及びその住民とすれば、自分たちは原発事故の「被害者」であったほうが、きわめて都合がいいと思われるからである。『ウクライナは訴える』というタイトルからも、そのことはうかがえる。
 
 ちなみに日本保健物理学会では、2012年11月24日、この番組についての質問に答える形で、次のようなコメントを出している。
≪前略
 報告書には遺伝性影響をうかがわせる表現が散見されますが、肝腎な典拠が示されていません。査読を受け、きちんと評価された学術論文が出典として提示されていない以上、少なくとも科学的には放射線の影響として認めることはできません。
 中略
 チェルノブイリ事故がもたらしたのは放射線の直接的な影響だけではないことに注意する必要があります。WHOの2006年の報告書(注4)において、放射線被ばくに対する恐怖、政府への不信、ソビエト連邦の崩壊、経済的困窮等によって、人々が相当のストレスを抱え、精神・神経学的症状が出現するとともに、生活習慣が大きく変化したことが指摘されています。家庭や地域の生活環境が激変したことにより、子どもの健康状態も悪化したであろうことは想像に難くありません。
 いずれにせよ、チェルノブイリ事故による影響は複雑な構図の中でとらえる必要があります。そして、将来にわたって有効な対策を講じるためには、原因を正しく見極めることが大切です。その意味で、特定の事象、とりわけ多様な原因によって生じる健康影響を安易に放射線被ばくと結びつけるのは慎むべきであると、回答者は考えます。≫
 
 「Safety for the future未来のための安全」のような、いい加減な報告書にもとづいて、それでなくとも放射線の恐怖に怯えている原発周辺の人たちを追い込むような番組を、これでもかと、何回も再放送するNHKの悪辣ぶりは、金輪際治らないのであろうか。そして、これでまた、原発周辺住民のストレスがたかまり、平均寿命が一段と低下するのであろう。
 NHKは、公共放送という分厚い仮面をかぶっているだけに、オウム真理教以上に性質が悪い。
 

3月26日(火)
【1票の格差での選挙無効判決への怒り】
 広島で、1票の格差による選挙の無効判決が出た。わが福井県でも1票の格差を違憲とする判決が出ており、名古屋高裁金沢支部で、市川正巳裁判長は「憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあった区割りであり、福井3区の選挙は違憲かつ違法である」との判断を示した。福井3区(おもに嶺南)での有権者数が少ないというのである。また、判決理由で市川裁判長は、「投票価値の平等に最も忠実な定数配分は人口比例だ」としている。ただ広島の判決は、選挙そのものを無効としており、画期的な判決であると言われている。

 しかしこのような、判決には怒り心頭である。石頭の裁判長を罷免したい。「1票の格差」の欺瞞性については、さんざん述べてきた(24.12.24他参照)ので、詳細理由は繰り返さない。しかし、1票の格差と地域間格差と、どちらが重要かはバカでもわかるはずだ(裁判官はバカ以下である)。1票の格差は概念でしかないのに、地域間格差は格差の実態そのものである。現実に日本国内で過疎地と過密地域があるのは、万人が認めるところであろう。しかもその差が拡大している。それならば、国内の各地域間の適切な人口配分(過半数が、これくらいならいいと思うような人口密度の濃淡)ができるまで、「1票の格差」は、拡大しなければならないはずだ。真の平等とは、「投票価値の平等」の本質を突くことであって、「最も忠実な定数配分は人口比例」では、まったくないのである。
 

3月27日(水)
【南海トラフ地震】
≪国の中央防災会議の作業部会「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」(WG)は18日、南海トラフ巨大地震に伴う経済やライフライン、交通など第2次の被害想定を公表した。被害額は計220兆円で従来想定の約3倍、国家予算の2倍超。ピーク時の断水被害人口3440万人▽停電2710万件(契約数)▽避難者950万人−−と推計された。被災する可能性のある人口は国民の過半数の6800万人に上り、中・西日本の太平洋側の住民が深刻な被害を受ける。3.18毎日≫
 災害は、忘れたころにやってくる。これまでも、「危ない、危ない」と言われてきた地域ではなく、思いもよらないところが、自身や津波などの災害に見舞われている。ただ、南海トラフは、きわめて広範囲なだけに、「当たらずといえども遠からず」になるのかもしれない。
 太平洋側で、10メートルもの津波対策用堤防を作る動きがある。そんなものを、日本中の海岸に張り巡らして、いったいどうなるのだろう。津波は防げたとしても、国土がめちゃくちゃになるのではないか。


3月28日(木)
【19年前のいじめ自殺】
≪兵庫県たつの市で1994年、教室で男性教諭から体罰を受けた後、首をつって自殺した小6男児について、同市の教育委員会が「事故死」としていた従来の見解を、体罰と自殺の因果関係を認めて訂正し、両親に謝罪していたことが21日、父親への取材で分かった。3.21日本経済新聞≫

 このような事件が発覚すると、世間は『なんで今ごろ』と批判する。マスコミ、TVのニュース特番では、関係者をぼろくそにこき下ろしている。
 しかし、ほんとにそうか。じつは、この世間の厳しい非難こそが、事件を表ざたにしなかった最大の原因なのだ。表ざたになるとやり玉にあがるから、隠そうとするのである。逆に、もし教育委員会が、この事件をひた隠しにしていたらどうか。今のようにマスコミに袋叩きに合うことは、なかったであろう。社会にとって、そのほうがいいとは、とても思えない。

 したがって、この教育委員会に対しては、19年もたって、勇気をもって恐るおそる「事実」を表明したことに対しては、まず敬意を払うべきだと思う。そうでない限り、悪いことの事実は、ひた隠しに隠される。ばれそうになってから、はじめて告白するような世界になってしまう。『正直者がバカを見る』ような世界にしてはいけない。
 そして、19年もたって、『なんで今ごろ』とか『遅すぎる』などと言ってはいけない。そんなことを言う人は、10年前でも同じことを言うのであろう。19年は、決して遅くない。29年より10年も早いではないか。


3月29日(金)
【あってはならない】
≪福島第1原発で停電により使用済み核燃料プールの冷却装置などが停止したトラブルは、19日も完全復旧しなかった。「いつ復旧できるのか」「あってはならない事故だ」。県内の周辺自治体からは東電の原発管理への不安や困惑、原因究明を求める声が上がった。3.20毎日新聞≫

 何か事件が起こると、必ず『あってはならないことだ』という言葉が聞かれる。マスコミが勝手に代弁しているのかも知れない。というよりも、これしか言葉がないからであろう。
 しかし、『あってはならない』などと、人間が言えるのであろうか。我々が知っているのは、自然界のほんの一部であって森羅万象何事も事前に分かっているなどということはあり得ない。それこそ、傲慢である。本当は、『あってはならない』ことなど、何もないのである。
 これからは、『あってはならない』と言うよりも、『あって欲しくない』と言うべきであろう。


3月30日(土)
【植松恵美子氏の国会質問】
 たまたまUチューブで、民主党植松恵美子氏の過去の国会質問をみた。国会での質疑というとたいてい、質問するほうも答えるほうも台本を片手に下手な学芸会を行っているか、質問するほうが大臣のあら捜しを行って、徹底的にいじめているのが常であった。
 ところが、この議員は多岐にわたって具体的な施策を取り上げ、課題と問題点を、的確に指摘していた。残念ながら、指摘だけで具体的な改善案までには至らないのだが、それでもこれまで見てきた他の国会質問を見直すような、建設的な質問の仕方であった。しかも、民主党の議員でありながら、質問相手が民主党政権や自民党政権に関わらず、党のイデオロギーを出さず、真に国民のための質問を行っていたように思えた。
 たとえば、2012年4月には、ややこしくて屋上屋根を重ねている中小企業施策のわかりにくさや、失業給付をもらいながら受ける職業訓練制度の中身の不適切性を指摘していた。この2つは、たまたま私自身が身をもって、問題だと考えていたことである。また具体的には、筑波大学で行っている藻から石油をとる研究を取り上げ、これに予算をつけてほしいと訴えていた。さらに2013年2月18日参議院の予算委員会では、民主党の議員でありながら、まるで自民党員のように、国家100年の計について語っていた(個別の案件については、それが有望かどうかは誰もわからないし、ごまんとある案件の中で国会で取り上げたことだけが優先されるのはおかしいし、まだ全体的に言葉だけで、底が浅いような感じがするのは否めないのだが)。
 ただその後すぐ、1週間もたたないうちに、民主党を離れてしまったのは残念であった。うがった見方をすれば、7月の参議員選挙に向けて、アピールしただけではないかとも取れる。自民党だったら、このレベルの議員はいくらでもいる(福井県の男性議員では無理か?)し、植松氏が民主党議員だからこそ、注目したのだが。


3月31日(日)
【ジャガイモの植えつけ】
 「宝永を愛する会」の活動で、ジャガイモの植え付けを行った。坂井市の北部丘陵地で借りている農地に、約20人が集合。種芋をカットし、整地された畑地に30センチ間隔で植えつけていく。その後に肥料を散布し土をかぶせるまで、約1時間の作業であった。60~70mの長さで、10列ほど植えた。収穫は、4か月後くらいか。
 作業時間は短いが疲れる。とくに、立ったり中腰を繰り返す動作は、てきめんである。鍬を持って土をかぶせる作業も、きつそうであった。北海道あたりのジャガイモづくりでは、こんな非効率なことはやっていないはずだ。種まきも肥料散布も、すべて機械で一気にやる。

 もし事業としてやるのなら、こんなところでジャガイモのような価値の低い作物をつくることはない。高付加価値の作物をつくるか、あるいは多品種にわたるものを少量づつジャストインタイムでつくることになる。その場合、必ずジャガイモ作りの何倍も手間がかかる。これは機械化できないか、工夫を凝らした機械に頼る。このことは、製造業の生産性向上と同じプロセスである。何が売れるのかをよく見極めなければならないのも同じである。そんなことは、このような趣味の会ではできない。
 ただ、製造業の製品と違って、農作物は売れなくても自家消費できる。去年も半年ほど、ここで取れた芋(ジャガイモとサツマイモ)や大根の料理を食べる羽目になった。今年も、いやな予感がする。
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