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東京都知事選挙と原発(2月8日)

 人々は、「フクシマ被害者」について寛容すぎる。なぜ、佐村河内氏の例から学ばないのか

 明日は、東京都知事選挙である。木曜の夜には、ニュースステーションで候補者4人の「討論会」を行っていた。
 下馬評では、自民党推薦の枡添氏が有利とのこと。選挙予想は当たるので、枡添知事が誕生するのかもしれない。「口は上手いが、小ずるい男」という印象があり、残念である。

 「安倍政権とそれに加担したメディアの細川・小泉連合つぶし」という寝言を発する人は、貧乏神に取り付かれたような細川氏の姿と、その発言内容を見て欲しかった。抽象的で、何をやろうとするのか、まったくわからないし、シングルイシューとしての「反原発」も、ただ「怖いから」というだけである。トップとしての具体的なビジョンなど、なにもない。
 すべて「よきに計らえ」のお殿様では、頼りなくてしょうがない。食い倒れ人形のほうがましだ

 ただ一人の原発推進論者である田母神氏は、司会者や他の候補の袋叩きにあっていた。「福島の事故でも、放射能による直接被害者は誰もいない。すべて風評被害である。」という持論を述べたからだ。

 それでも、田母神氏の言うことこそ、まともである。
 マスコミが田母神氏を叩こうとするのは、自ら作り上げた「フクシマ被害者」の物語を、大事にしたいからである。避難地域の人たちを「被害者」として祀り上げるためには、放射能が危険でなければならない。原発など、とんでもない。
 なぜそうなるのか。
 人々は「被害者」、「障害者」に対し、きわめて寛容だからである。「弱者」というだけで、恐れ入ってしまう。それが事実を離れ、一人歩きする。佐村河内氏がいい例である。

 佐村河内氏のねつ造発見は、つい2日ほど前のことだ。「弱者」に遠慮することのリスクについて、なぜ学ばないのであろうか。学習能力がないとは、このことである。事実認識を違えて政策を誤ることは、放射能なんかより、はるかに危険なのに。
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