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放射能と予防原則(4月21日)

 何にでも予防原則を適用すると、社会が成り立たたない。その危うさと恐ろしさ

 3.11以降、2年過ぎてもいまだに日本中が、放射能に怯えている。ほんとに放射能は怖いのか。
 50数年前、大気圏で何万発もの核実験競争が行われ、死の灰がジェット気流に乗って、大量に飛来した。そのとき私は、小学校低学年。周りから「放射能を浴びて死ぬか、頭が禿げるぞ」と、言われた。当時は正確な測定機器がなく、表ざたにはならなかったが、いま問題になっている以上の被ばく線量だったに違いない。

 あれから50年・・・
 確かに頭髪は薄くなった。同級生には、禿も多い。しかし、まだ亡くなった人は10%位しかいない。むしろ還暦を何年も過ぎて誰も死ななかったら、そのほうが問題だ。もしかすると、本当は放射能など怖れることはないのではないか。どうも、ダイオキシン騒動と、同じことになってきている。

 そろそろ、私たちに染み付いた「放射能は危険だ」という固定観念を打破していく必要があると思う。そうでないと、あらゆることに大きなロスが発生する。現に、無駄に食料を廃棄して、世界の飢餓人口を増大させている。

 ここで問題なのが「予防原則」である。「予防原則」とは、『取り返しのつかない結果を招く行為や、重大な危害を引き起こす恐れがある行為に対して、その科学的根拠が完全なものでなくても、やめるなり緩和策を講じるなりの対策を行うべきとする考え方』である。

              なまはげ
              
 しかし、この原則をむやみに適応すると、社会が成り立たなくなってしまう。
 たとえば放射線の低線量被爆について、人体への影響はわかっていない(くらい安全である)。これに予防原則を適用しようとする。「将来、取り返しのつかない事態になる恐れがある」ということで、現実味のない厳しい基準を適用している。その結果、せっかく育てた作物を大量廃棄するなど、甚大な損害が発生している(間接的に膨大な人が飢餓で苦しむ)。基準値は1キログラム100ベクレルだそうだ。これは人体の発する放射線と同じである。ここまで厳しくすると、あらゆる地域の食物も基準をオーバーする。「予防原則」の乱用である。

 また武田邦彦氏(中部大学)は、「放射能が安全だと言っている人は、20年後30年後に放射能で人が亡くなった時、何兆円もの補償してくださいよ。」と言ったことがある。そんなことを言うのなら、「20年後に放射能が安全だと分かったら、毎年5兆円もの石油代金の赤字、損害を補てんしてくれ。」と言いたい。20年たてば、少なく見積もって100兆円。関連してその数倍もの経済的損失が発生するであろう。

 「経済より命だ」という能天気な人は、今の日本から何百兆円もの国富が失われたら、どうなるかに気が付かない。ただの貧乏国になり、国民の寿命など2~30年分ぐらい吹っ飛んでしまう(そのほうがすっきりするという人もいるが)。医療や食料、情報、廃棄物処理など、生命維持に必要なものが無くなってしまうからだ。現代日本は、お金で命を買っているのである。

 さらに、もし「予防原則」を適用して、「お前の顔を見て、死ぬ人がいるかもしれない」と言われたらどうするのであろうか。私でも、顔も見たくない人はいる。見たら心機能が低下し、1年後に死ぬかもしれないほどいやな奴だ。
 「予防原則」に従えば、いま何もなくとも、そいつを無人島に隔離しなければならない。

 昔から、将来の不安を掻き立てる輩は、インチキ宗教かペテン師と決まっている。来年の話でさえ、鬼が笑う。
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