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佐村河内氏とゴーストライター(2月6日)

 その作品が本当に素晴らしいなら、だれが作ったとしてもいいではないか

≪広島市出身の被爆2世で両耳が聞こえない作曲家として知られる佐村河内(さむらごうち)守さん(50)=横浜市在住=の「交響曲第1番 HIROSHIMA」などの主要な楽曲は、別の音楽家が作ったものだったと、佐村河内さんの代理人の弁護士が5日未明、明らかにした。2月5日産経デジタルより≫

 障がいを持つ人が健常者に伍して作品を発表し、評価を得る例は多い。視覚障がい者のピアニストや歌手、あるいはダンサーとして活躍している人もいる。文化庁も、障がい者が芸術活動することを積極的に支援している。

 ただこのような作品は、非常に主観性が強く、いい悪いの判断ができにくい。というより、そんな基準などない。売り出すためには、何か強力な物語(ストーリー)が必要である。障がい者が苦労して作った作品ということになれば、これ以上ない強烈な物語が生まれる。作品そのものより、観客はその物語を買うのである。

 佐村河内氏のものとされた曲も、そのストーリーにそって発売された。もちろん、ある程度のレベルには達しているのだろうが、売れたのは、「障がい者が作った曲」という決定的な物語があったからである。決して、作品自体が絶対的に優れていたからではない(と思う)。
 もちろん、そのことが悪いわけではない。こんなことは、マーケティングの常識である。

 その場合、ピアニストや歌手のように演技するものについては、本人であることは疑いようがない。しかし、曲や小説、絵画などは、出された作品だけを見ても、誰のものかを判断することは難しい。ゴーストライターが書いたかどうかは、信頼しかない。

 その信頼を反故にしてしまったのは、いかにもまずい。
 ただ、その作品が本当に素晴らしいなら、だれが作ったとしてもいいではないかと思う。今回問題になったのは、そうではないからであろう。

 また、私には音楽のリテラシーがなく判断つかないが、コンクールで1位になった盲目のピアニストの演奏は、本当に健常者のそれより優れていたのだと信じたい。
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