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1票の平等こそ悪平等の典型である(4月18日)

 1票の人口あたり平等は、国民自身が身をもって否定してきたことである。裁判官や弁護士がとやかく言うことではない
 
 16日夜のフジテレビ番組、プライムニュースで、集団訴訟の元締めである升永弁護士が出演し、執拗に1票の格差是正を訴えていた。彼の主張(1票の公平性を保つため、比例区以外の議員は辞めさせる)は、独りよがりで社会を混乱させるためとしか思えず、話にならない。こんな原理主義が、まかり通ってはならない。そこで予定を変更し、本ブログ(4月1日)で発表した私の見解を再掲する。

 私の主張の要旨は、以下のとおりである。
①もともと地域間の票の格差はなかった。それを国民が、(都市部への移動と言う形で)身をもって拡大した。つまり、1票の格差拡大というのは、国民の総意である。
②または、国民自身が1票の人口あたり平等の権利を放棄した。
③憲法前文によると、「そもそも国政は、国民の厳粛な選択によるもので」なければならない。国民自身が抵抗行動している「1票の人口当たり平等」という悪平等を復活させることは、社会を混乱させるだけでなく、国民の「厳粛な選択」をないがしろにする。重大な憲法違反である。
④人が集中するほど効率的な社会になり、構造的に地方から都市部への利益誘導が起こりやすくなる。(国民は、1票価値よりも実質的な利益を望んだのである。)
⑤今のままでも、都市部への人口移動がやまない。過疎と過密がそれぞれ拡大している。
⑥したがって、今の程度の1票の格差では、構造的な都市部への利益誘導は是正できない。
⑦公共事業や農家の過保護という形での地方へ利益配分は、都市部が地方から搾取しているうちの、ほんの一部である。
⑧国の政治家は、国家の政治をすべきであって、選んでくれた地域への利益誘導に費やすエネルギーは少ない。まして都市部の政治家が、地方への配慮をするとは考えられない。
⑨地方では、住密度やアクセスの関係で、民意が政治家に届きにくい。大雪などの災害も多い。
⑩憲法14条(すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない)を素直に読めば、「すべての国民は、差別のない平等な暮らしができる」としか読めない。「政治」は、「経済」や「社会」を成り立たせるための手段であり、これだけを取り上げ、重要な「経済」や「社会」の平等を疎かにすることは許されない。(1票の人口あたり平等より、経済・社会面での平等のほうが重要)


 すなわち、放っておけば、経済効率的な都市部への住民移動という形で、都市部と地方の生活・経済格差が大きくなってしまう。それを少しでも食い止め、真の平等に近づけるために、地方の1票価値を高めておくことが、国民全体にとって必要ではないのか。

 最高裁判決でも、1票の人口あたり格差があっても「合理的な理由」があればよい、としている。しかし、「合理的な理由」とはきわめて主観的であり、その良し悪しを一握りの裁判官(悪代官)が決めるのはおかしい。法律の「専門家」は、専門分野だけにこだわったあげく、ものごとの本質を捻じ曲げてしまうからだ。
 普通に考えれば、ここに挙げた①~⑩が、合理的な理由ではないか。それより何より、国民自身が1票の人口あたり平等(という悪平等)を、身をもって否定しているのである。これ以上「合理的な理由」が、あるはずがない。


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