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プロセス重視と検査偏重

 品質を工程でつくりこんできた日本の現場には、欧米型の検査主義はなじまない
  不良品を検査で抑え込もうとする欧米のやり方を、日本が見習う必要はまったくない


 新型コロナに関し欧米から、日本ではPCR検査数が少ないのに、いっこうに死者が増えないことが不思議がられている。死者数を隠ぺいしているという者もいる。
 だがそんなことは、不思議でもなんでもない。
 日本ではたいていの場合、検査が直接高品質に結びつくことはなかったのである。
 とくにものづくりにおいて、日本の超優良企業(トヨタ)では、品質管理における検査について、「検査の理念は検査しないことにある」と定めている。

 すなわち品質は、検査ではなく「工程でつくりこむ」のが大原則である。
 検査では、品質特性のほんの一部しか見ることができない。それより、すべての工程ごとに品質をつくりこみ、その場その場で確認したほうが、はるかに高品質の製品ができる。医療においてもまったく同じ。人々のきめ細かい日常生活の所作(運動、栄養、睡眠、手洗い、マスクなど。発症したら安静にして、自己免疫で治す)が健康な体をつくる。不良品を無理に手直しても、もとには戻らない。病気も、薬物治療では必ず副作用が出る。

 もともと検査の主要な役割は、発生源を根絶して再発防止を徹底することである。むしろ「検査」のようなムダ作業は、少なければ少ないほどいい。「過剰な検査」は、病人を拡大再生産する現代医学と同じ、高コストで余計なお荷物まで背負わされる。
 だから日本では、総理や大臣がいくら検査を増やせといっても、現場は抵抗しているのである(無くせと言っているわけではない)。

 私自身も、このものづくりの基本を叩き込んできた。このことは、どの業務分野における品質管理も同じである。したがって本ブログでは、これまでもしつこく、検査のムダについて言及してきた。 

                安部の生命

 日本以外の国で、やたらとPCR検査を多用しているのは、この管理の原則が理解されていないからである。いわゆる文系の管理層や知識人を中心に、検査至上主義がこびりついて離れない。格差社会で、管理・支配者は現場に立つという文化がない。マスコミにも多い。下々から出てきたものを検査すれば、品質は保たれると考えている。

 だから、新型コロナで、日本の100倍もの死者を出している欧米が、上から目線で、日本のPCR検査が少ないことを批判する。また、コロナ対策のモデルと自慢していた韓国では、じつは今年に入ってから死亡者数が大きく増えていた。増えた分は、新型コロナで亡くなったとされる人の10倍である。日本では逆に死亡者数減少している。

 このことは、不良品をしこたまつくり、検査の連続でようやく製品を出荷している赤字会社が、「品質を工程でつくりこんでいる」超優良企業をあざけっているのと、まったく同じである。
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