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検査至上主義が破滅を招く③

 「検査で不良はなくせない」どころか「検査が不良をつくる」のである  ②のつづき

 前回、一般の品質検査のやり方について簡単に述べた。
 そして検査には、とんでもない落とし穴があると書いた。どういうことか。
 どんな完璧な検査でも、品質特性のほんの一部しか判定できないのである。検査すべき特性は無数にある。

 品質特性には、物質的、感覚的、行動的、時間的、人間工学的、機能的特性など数多くある。さらにそれぞれについても、無数の項目がある。たとえば物質的特性でも、機械、電機、化学などがあり、寸法ひとつとっても、測定すべき個所は無限大である。そんなものをすべて検査できるわけがない。

 たとえば自動車の検査で、何万点もの部品のたったひとつ、小さなピンの直径を測ったとしよう。ノギスなどの検査機器を使っても、たった一つのピンで無数にある測定箇所の、ほんの一部しか測れないのである。
 そのうえ、検査不可能な特性もたくさんある。
 品質検査といっても、そのうちのいくつかを絞って、重点的に測定し合否を判定するだけである。そのため、ときたま思いがけないクレームがついて、右往左往する。

                熊だ

 もちろん、医療における検査も同じである。
 人類が認知できるようになった病気だけで、無数にある。しかもどんどん増えている。いま注目の、新型コロナPCR検査など、ほんの一部でしかない。
 すなわち、毎日事故や病気で新型コロナの数千倍もの人が亡くなっている(さすがにイタリアは、かなり死者がコロナに吸収された)。検査すべき病気は無数にある。コロナ検査だけ行っても、ほんの気休めにすぎない。
 医療は、「病気」ではなく「病人」を治療するのではなかったのか。


 また、皆が「検査」と言っているのは「測定」(=値を確定する)のことが多い。本来の「検査」は、それをもとに判定を行うことである。つまり怪しげなPCRの測定データは、感染しているかどうか、その一基準に過ぎないはずである。

                こん棒型

 さらにすべての検査(測定)は、それ自体が品質を悪化させる。
 きれいに盛り付けてある料理の味は、全部食べてみなければわからない。
 またバカバカしいことに私は、前立腺のPSA検査を、10年前から年に3回ほど受けている。採血して結果が出るまで2~3時間。死を覚悟している私でさえ、その間は血圧が上がる。周りは病人ばかりだから、院内感染のリスクは高い。まして、一般の人がPCR検査を受け、ハラハラしながら待っていたら、確実に寿命が縮む。
 それ以上の生体採取検査は、まさに命がけであった。

 医療では検査作業が、感染拡大の大きな要因になることもある。韓国のドライブスルー検体採取など、正気の沙汰ではない。また、一人づつ消毒したボックスに閉じ込める検査は、ウィルスと一緒に被験者も不活性になる。
 そして検査に人が殺到することで、陽性かどうかわからない患者が大量に出てくる。その疑陽性者に、ムダな治療を施したあげく、必要な人の治療ができなくなる。そこには本物の陽性患者がいるから、ほんとに感染を引き起こす。

 つまり「検査で不良はなくせない」どころか「検査が不良をつくる」のである。
 医療とモノづくりにおける、品質管理の違いはなにか。医療は、免疫によって自力で不良を良品に変えることができる。検査どころか、本来、治療さえ不要なのである。

④へつづく
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