新型肺炎パニック
*社会・哲学* > 高齢化、医療、死生観 - 2020年02月12日 (水)
クルーズ船の「トロッコ問題」を解決するには、日本国民の覚悟が必要である
そして今度の新型コロナ肺炎は、高齢社会を危惧した天の恵みである
新型コロナ肺炎に対し、世間のパニックが治まらない。ネットでは、人々が見境なく他人を攻撃する。感染した人はもとより、接触した人たちすら咎める。
政府の「手ぬるい」対応にも、批判の嵐が続く。初めての経験で、だれもほんとの情報が分からず、いまは当局も右往左往するしかない。いったい、だれがまともに対応できるのか。現場を想像できる人なら、批判などできないはずだ。
そもそも横浜クルーズ船の乗客対応責任は、まず船籍のイギリス船長にある。
ワイドショウは、怪しげな専門家やコメンテーターの、後付け批判や無責任な提案を垂れ流す。
まさに国民がヒステリー状態になっている。

その、3700人もいる感染疑いのクルーズ船乗客の扱いは、深刻な「トロッコ問題」になってきた。
船内では感染が広がると同時に、他の病気で亡くなる人も出てくる。彼らを救うためには、一刻も早く下船し、日本国内で隔離、診察、治療、清潔な生活のできる施設に移す必要がある。
だが、それだけの人を安全に移送し、収容できるだけの施設や人員を、ほんの数日で手配できるわけがない(クルーズ船や三日月ホテルのような豪華客室でさえ文句が出る)。できたとしてもザルである。さらにPCR検査もザルである。工数負担が大きいだけでなく、ウィルス保有者すべて発見できないことが分かってきた。
したがって、数千人ものクルーズ船客を国内に入れたら、急速に日本中でウィルス感染が広がる可能性が大きくなる。
クルーズ船の乗客を救うか、日本国民の感染リスクを減らすか。
まさに「トロッコ問題」である。
どちらの判断をとっても、批判を受けるのは避けられない。もし、この1~2日内に明確な指示を出せたら、その指導者は称賛に値する。ポエム大臣にはできない。
(クルーズ船が世界一周し各国民をそれぞれの国の港で開放する、という大岡裁きもありうる。あるいは、クルーズ船をそのまま病院船にする。)

われわれ国民にできることは何か。
覚悟を決めることである。クルーズ船対策などの「水際作戦」は、感染流行の時間稼ぎに過ぎない。いずれ本格的な戦いがはじまる。相手は人類の天敵、ウィルス・細菌である。生半可なことで勝てるはずがない。
日本人の子孫を残すためには、高齢者は死を恐れてはいけない。
このままジタバタ長生きしても、お互いにいがみ合い、殺しあう世は地獄である。それより一気に病気が広がり、亡くなる人は運命だと思ってあきらめる。治った人は免疫ができる。
どちらが地獄でどちらが極楽か。考えるまでもない。
もちろん政治はそこまで思い切ることはできない。
われわれ個人が思うことが重要なのである。最悪の事態さえ想像すれば、何も怖いことはない。少なくとも若い人たちは、感染しても軽症で済むか、知らないうち治癒する。すでにそうなっている可能性もある。若い人たちが騒ぐ必要はない。
今度の新型コロナ肺炎は、高齢者をターゲットにしている。東アジアの超高齢社会を危惧・修正しようとする、天の恵みと思いたい。無駄な抵抗はやめ、ありのままに生きる。命汚い年寄りは見苦しい。おとなしく、首を洗って待つべきである。
森林火災で苦しんでいたオーストラリアも、大洪水が発生したおかげで鎮火したという。
あと少しの辛抱である。急げば野村克也さんと同じ渡し船に乗れる。
そして今度の新型コロナ肺炎は、高齢社会を危惧した天の恵みである
新型コロナ肺炎に対し、世間のパニックが治まらない。ネットでは、人々が見境なく他人を攻撃する。感染した人はもとより、接触した人たちすら咎める。
政府の「手ぬるい」対応にも、批判の嵐が続く。初めての経験で、だれもほんとの情報が分からず、いまは当局も右往左往するしかない。いったい、だれがまともに対応できるのか。現場を想像できる人なら、批判などできないはずだ。
そもそも横浜クルーズ船の乗客対応責任は、まず船籍のイギリス船長にある。
ワイドショウは、怪しげな専門家やコメンテーターの、後付け批判や無責任な提案を垂れ流す。
まさに国民がヒステリー状態になっている。

その、3700人もいる感染疑いのクルーズ船乗客の扱いは、深刻な「トロッコ問題」になってきた。
船内では感染が広がると同時に、他の病気で亡くなる人も出てくる。彼らを救うためには、一刻も早く下船し、日本国内で隔離、診察、治療、清潔な生活のできる施設に移す必要がある。
だが、それだけの人を安全に移送し、収容できるだけの施設や人員を、ほんの数日で手配できるわけがない(クルーズ船や三日月ホテルのような豪華客室でさえ文句が出る)。できたとしてもザルである。さらにPCR検査もザルである。工数負担が大きいだけでなく、ウィルス保有者すべて発見できないことが分かってきた。
したがって、数千人ものクルーズ船客を国内に入れたら、急速に日本中でウィルス感染が広がる可能性が大きくなる。
クルーズ船の乗客を救うか、日本国民の感染リスクを減らすか。
まさに「トロッコ問題」である。
どちらの判断をとっても、批判を受けるのは避けられない。もし、この1~2日内に明確な指示を出せたら、その指導者は称賛に値する。ポエム大臣にはできない。
(クルーズ船が世界一周し各国民をそれぞれの国の港で開放する、という大岡裁きもありうる。あるいは、クルーズ船をそのまま病院船にする。)

われわれ国民にできることは何か。
覚悟を決めることである。クルーズ船対策などの「水際作戦」は、感染流行の時間稼ぎに過ぎない。いずれ本格的な戦いがはじまる。相手は人類の天敵、ウィルス・細菌である。生半可なことで勝てるはずがない。
日本人の子孫を残すためには、高齢者は死を恐れてはいけない。
このままジタバタ長生きしても、お互いにいがみ合い、殺しあう世は地獄である。それより一気に病気が広がり、亡くなる人は運命だと思ってあきらめる。治った人は免疫ができる。
どちらが地獄でどちらが極楽か。考えるまでもない。
もちろん政治はそこまで思い切ることはできない。
われわれ個人が思うことが重要なのである。最悪の事態さえ想像すれば、何も怖いことはない。少なくとも若い人たちは、感染しても軽症で済むか、知らないうち治癒する。すでにそうなっている可能性もある。若い人たちが騒ぐ必要はない。
今度の新型コロナ肺炎は、高齢者をターゲットにしている。東アジアの超高齢社会を危惧・修正しようとする、天の恵みと思いたい。無駄な抵抗はやめ、ありのままに生きる。命汚い年寄りは見苦しい。おとなしく、首を洗って待つべきである。
森林火災で苦しんでいたオーストラリアも、大洪水が発生したおかげで鎮火したという。
あと少しの辛抱である。急げば野村克也さんと同じ渡し船に乗れる。
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