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歴史戦と思想戦(1)

 まともな日本人は断じて、事実でないことを事実として認めるわけにはいかない

 「歴史戦と思想戦」(山崎雅弘氏著)は、著者自身の認識で、近現代史における左翼側の言い分を総合的にまとめたものである。

 著者によると、戦時中の日本賛美プロパガンダなど政府主導の「思想戦」が、国民の現実認識を歪ませ、日本を破滅的な敗戦へと導く一翼となる。同じ轍を踏まないためには、歴史問題にまつわるインチキを見抜かなければならない。つまり、南京大虐殺や慰安婦問題など歴史問題で中国・韓国に反発する日本側言論は、欺瞞とトリックに満ちているのだという。
 著書は、日本の右翼と呼ばれる人たちの言説や行動を数多く挙げ、反論する形で構成されている。

                いじけた猪

 だがこの本を、悪名高い津田大介氏や内田樹氏、望月衣塑子氏たちが推薦していると聞いただけで、眉に唾をつけなければならなくなった。唾をつけて読んでみると、すべておかしなところばかりである。この本こそ、欺瞞とトリックに満ちているのではないか。
 著者山崎氏の考え方のなにがおかしいか。8つの論点について反論してみよう。

①戦前の「大日本帝国」と現在の「日本国」は異なる。
 山崎氏は、歴史戦で諸外国から批判されるのは、皇国史観を持った昔の「大日本帝国」であり、「自由民主主義」の価値観を有するいまの「日本国」とは、切り離して考えるべきであるという。だから日本人が、旧日本軍の「悪行」を断罪するのは「自虐」ではないらしい。著書の大半は、そのことに費やされている。

 しかしこの考えは、戦後のドイツがヒトラーのナチ政権を徹底して切り離し、悪いのはナチである(自分は悪くない)としたことと同じになる。「一億総ざんげ」した日本と、ドイツとではどちらが潔いのか。じつはドイツこそ、個人補償は行っていても、国家としての賠償や謝罪は行っていない。いまでも、ボーランドやイタリア、ギリシアなどから、ネチネチと賠償を要求されている。
 日本は、2000年以上連綿と続いているひとつの国である。「大日本帝国」も現在の「日本国」も同じである。理不尽に「大日本帝国」を批判され、他人事のように黙っているわけにはいかないのである。


②30万人でなければ南京大虐殺はなかったというのは、「誤った2分法」
 慰安婦の中で悲惨な目に遭ったのは一部かも知れないし、南京大虐殺は30万人でないかもしれない。韓国や中国の主張している事例におかしなものがあっても、非人道的な出来事があったことは確かである。一部でも間違っていたら、なにもなかったというのは、誤った2分法である。

 しかし、これまで韓国や中国の言い分には、なにひとつ確かな証拠がなかった。写真はすべてインチキと証明され、証言も伝聞の伝聞でしかない。ほんの一部について事実であるかもしれないが、すべての戦争に犯罪はつきものである。
 それに、数は大問題である。実際に起こった出来事の、10倍~100倍に膨らますから、韓国や中国は、強請・集りの集団だといわれるのである。

                奇想天外

③日本が「大日本帝国」時代を反省しても、領土や主権、独立を失うことはない
 たとえば、中西輝政氏が言う、「中国や韓国との歴史戦争に負ければ、日本は領土と主権、国家としての独立を失う」というのは間違いである。日本が南京大虐殺や慰安婦で謝罪しても、日本はなにも失っていない。むしろ国際社会で評価され、充分に経済発展を成し遂げてきた。

 しかし日本は、国連に敵国待遇扱いをされ、核保有や軍備を制限、アメリカに支配されるようになっている。北方領土、竹島、尖閣、沖縄という日本の領土は、周辺諸国に侵略された。日本の領海にもかかわらず、韓国や旧ソ連によって、数千人が拿捕され殺傷されたこともある。もちろん、拉致問題もまったく解決されていない。いまでも日本の漁場や領土は、荒らされっぱなしである。これで、まともな独立国家と言えるであろうか。
 中国との三戦にも押されっぱなしである。


④教育勅語の大部分は、戦後教育の中でも伝えている
 山崎氏は、教育勅語の中の「父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は仲睦まじく…という博愛の精神は」現代の教育の中でも、基本的な価値観として定着しているという。
 また、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」というくだりこそ、日本が天皇中心の国体思想であることを如実に示している。

 しかし、戦後の個人主義教育が蔓延する中で、現代人がこれをまともに教育されたことがあるとは思えない。高齢者は年金に頼り、兄弟とは遺産を巡って争い、離婚率30%が現実の世界である。
 また日本が、天皇中心の国体思想では何がいけないのか。「中心」は「主権」ではない。あるいは、「一旦緩急アレハ・・・」の「皇運」は「我が国」と同じである。読む人それぞれの主観に任せればいいだけである。


  歴史戦と思想戦(2) へつづく
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