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昭和史のなぞ

 歴史の大半は、その時点で力の強い人、声の大きい人の認識である

 大正の終わりから大東亜戦争に至る昭和の前半、およそ20年間の日本政治について、何冊か歴史書を読んだ。関東大震災~満州事変、5.15事件、2.26事件を経て、大東亜戦争へと続く時代である。そこには、多くの軍人や政治家が登場する。10年前の日本政治のように、首相が目まぐるしく変わっている。

 このややこしい歴史を紐解こうと、多くの学者が昭和史を発行している。半藤一成氏や保坂正康氏、加藤陽子氏のようなリベラル作家から、渡部昇一氏のような保守の重鎮、若手の倉山満氏などもいる。それでも複雑すぎて、私のような素人では理解できない。

                猫の祟り

 なぜなら学者によって、政治や政治家に対する評価がまったく異なるからである。つまり「群盲が象を触る」ごとし、各自の色眼鏡を通し感じたことを書いている。伝聞性のない1次文書にしても、正しいとは限らない。いくら公式記録だろうが、必ず書く人読む人の主観が入る。国会答弁さえハッタリを盛り込む。正式文書と言っても、「客観的事実」とは限らない。

 すなわち、いろんな資料をさまざまな歴史家が見て、その人の主観で書くのだから、歴史がバラバラになるのは当たり前である。例えば、満州馬賊の張作霖を爆殺したのは関東軍という定説も怪しい。イギリス諜報機関は爆薬を分析し、それがソ連製であることをつかんでいた、という「事実」もある。30万人といわれる南京大虐殺や慰安婦の非人道性も、すべて伝聞の伝聞で、まともな証拠などひとつもない。


 したがって、歴史の大半は「認識」なのである。その時点で力の強い人、声の大きい人の認識が正しい。負けた人には力がない。その上「羅生門」のような、個人的錯誤が加わる。
 だから専門家は信用できないのである。歴史論争は永遠に続く。
 このことを踏まえ、すこし私自身の歴史観をつくってみたい。
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