FC2ブログ

小学校でトロッコ問題

 すべての意思決定は何かを犠牲にする。そのことを教えないから、ポエム大臣が迷走する

 山口県の小学校と中学校で「心理教育プログラム」として実施された授業での「トロッコ問題」が問題になっている。「トロッコ問題」は、ブレーキがないトロッコの線路の先に横たわる5人と1人がいる状況で、分岐点にいる自分が「何もせず5人が死ぬ」または、「レバーを引いて1人が死ぬ」のどちらかを選ぶものである。

 この授業内容に対して児童の保護者から「授業で不安を感じている」と学校に苦情が入ったらしい。学校側は一部の子どもに心理的不安を与えたとして、児童や保護者に文書で謝罪した。
 ある専門家は、「感受性の強い子は、場面をリアルに想像してショックを受けたり、気分の悪さを引きずってしまう」とコメント。たしかに生身の人間が、自分の意思ひとつで首と足がバラバラになるのは、大人でも気味が悪い。

                猫の祟り

 しかし、トリアージを持ち出すまでもなく、トロッコ問題はいつも身近にある。我々は毎日のように、トロッコ問題に直面している。
 たとえば先日、大阪の入管で、国外退去に抗議しハンストを行っていた外国人が餓死してしまった。彼は窃盗などで実刑判決を受け、仮釈放後に施設収容されていた。痛ましい出来事である。だが彼を日本に迎え入れていたら、国内で多くの犠牲者が出る可能性があった。1人の犯罪者を捕えるのは、その何倍もの人を救うためともいえる。

 また、牛肉1キロをつくるのに、1トンの水と10キロの穀物が必要である。つまり1キロのビフテキを食べる人は、その10倍もの人々を飢えさせている。また真夏にクーラーを運転しているおかげで、将来温暖化で亡くなる人は、いま涼しい思いをしている人の何倍にもなる。われわれは、気が付かないふりをしているだけである。いつもトロッコのレバーを引いている。

 そしてものごとは、1か0かではない。先のトロッコ問題は、あまりに単純化しすぎている。現実には、ややこしい背景がたくさんある。線路に横たわっている人が、5人の死にかけ老人と1人のいたいけな幼児では、人数による判断はできない。障碍者なら、また別の問題が発生する。5匹の子ブタと一人の悪人(ヒトラー)ではどうか。あるいは、AIにレバーをひかせたらどうなるか。

                よく見ろ

 そもそも、すべての意思決定は、なにかを犠牲にして何かを得ることである。そのことをきちんと教育しないから、何でも反対やゼロリスクを叫ぶ人が増える。処理水問題や憲法改正などで、ポエム・ルーピー大臣が迷走し、にっちもさっちもいかなくなるのである。日本が世界の後進国になりつつある大きな要因である。
 大人になってからでは遅い。小さいうちにトロッコ問題でショックを与えるべきである。無菌室で育てた子供は、ろくな大人にならない。
スポンサーサイト