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憲法改正にむけて

 護憲と反原発は、敵対勢力を見破るための、わかりやすいリトマス試験紙である

 先週の福井新聞「憲法へのまなざし2」では、護憲の立場から、元文部次官の前川氏が持論を展開していた。彼のため大きく紙面を割くと言うことは、その論説が護憲派の代表とみなされているからである。たしかに前川氏の見解は、ほぼこれまでの護憲患者と変わらない。

 その主張のひとつは、「現行憲法は押し付けられたものでなく、正規な手続きで日本人が自ら決めたものである」ということであった。日本人は敗戦のショックに加えて、悲惨な戦争被害を目の当たりにしていた。さらにアジアを中心に戦火をもたらしてしまった。その深い反省に立って、今の平和憲法をつくったのだという。

                恨めしや

 しかし、だからこそ、現憲法は改めなければならない。
 当時の異常な状況での国民の総意が、いまだに続いているはずがない。あの時期、歴史始まって以来の「敗戦」ショックが日本中を襲っていた。国そのものが無くなるかどうかという、切羽詰まった状況だったのである。敗戦の「深い反省」以上に、当時の日本人はみなカストロフィーバイアスに罹り、日本中が異様な雰囲気に陥っていた。
 こんな状態での重要決定事項が、いまだに残っていることこそ不自然である。

 もっと重要なことは、現行憲法設立に携わった人は、いま生きている人ではほんの一握りしかいない。今の国民の大多数は、憲法設立に関わっていない。選挙を通してでも関わりがあった人は、すでに鬼籍に入っている。
 老境に差し掛かった私でさえ、憲法設立時には腹の中であった。生まれたとき当たり前のように存在していた日本国憲法は、世の中理解するにつれとんでもないものに思えてきた。この現存する国民の声が、握りつぶされている。


 ルールは守らなければならないが、それ以上にルール変えなければならない。
 少なくとも現憲法の賛否は、いま生きている大多数の国民に問いかけるべきである。信任投票でもいい。
 それを封印するのは、なにか別の魂胆があるに違いない。共産勢力は、日本国民のバイアスを悪用して、護憲と反原発を強固に推進している。もちろん国力を落とすためである。護憲と反原発は、敵対勢力を見破るための、わかりやすいリトマス試験紙である。

                牛のケツ

54字の物語
 中国人民解放軍が侵略を開始し、沖縄から九州に上陸した。日本の9条信奉者はすぐ降伏して、中国軍の手先になった。
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