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カーナビ

 大多数は認知機能が退化し、昼行燈が増えると、平和で争いの無い社会が生まれる

 こんどのマイカー4日間の旅行で、はじめてカーナビの威力を満喫した。右左折のはるか手前で方向を指示、交差点ごとに明確に行先がわかる。高速道路料金や10キロ先の渋滞情報まで知らせてくれる。こんな便利だとは知らなかった。情報の中身が新しいからでもある。
 じつはこれまで、カーナビをまるで信用していなかった。

 7~8年前、古いカーナビで道案内したところ、いつの間にかとんでもない細い道に誘い込まれてしまった。渓流沿いで道路脇はすっぱり切れ、落ちたら命はない。ガードレールはないし、反対から車が来たら、すれ違いできる所へバックする自信はない。緊張の糸が途切れ、やけくそになる一歩手前まで行ったことがある。
 そこまで身を危険に追い込んだカーナビを、信用できるわけがなかった。

            わしゃ知らん

 しかし、一旦便利さを知った以上、これを手放すのは至難の業である。
 そして便利になればなるほど、頭の働きは衰える。中央公論6月号で今尾恵介氏は、ニコラス・G・カー氏のつぎのような説を紹介している。
 ある概念を認識するためには、頭の中のナビがそれを脳内で空間的に構築する。いままではこれを、実際の目的地を探して歩くという行為で常に訓練していた。それを必要としなくなるとどうか。カーナビが考えることを代替することで、人の頭脳訓練の機会は少なくなり、認知機能低下が起こる可能性がある。

 進化したカーナビは、AIそのものである。AIは人間の考える力を代替する。そのAIを活用して、人間はさらに利口になるのかどうか。
 おそらく大多数は、それに安住して認知機能が退化する。

 もっとも世の中に、半ボケ昼行燈のような人たちが増えると、平和で争いの無い社会が生まれるのかもしれない。
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