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49日の法要

 なかったら、孫や子に会う機会は激減する

 今日、父親が亡くなって最初の、49日法要を行った。親子兄弟を含め、親戚一同が集まる機会はめったにない。午前11時から読経。もっとかかるかと思ったら、法話を含めて30分そこそこであった。短いのは大歓迎で、長くてお布施が高いのは最悪である。
 そのあとの宴会は盛り上がった。

 これでお寺に関して一段落である。ややこしいことが続くので、こんなことでトラブルがあったらたまらない。「正式」には49日まで毎週、1週間おきに行うことになっていた。それは自己流・簡易的に済ました。

              獅子奮迅

 こんなしきたりはいつまで続くのか。
 先月、菩提寺の住職が亡くなったばかりである。代わりがいなかったら、(これ幸いと)縁を切ろうと思っていた。お寺はなくても困らないが、無くなると祟られるような気がする。一種の不安商法である。残念ながら腐れ縁は続く。なかったら、孫や子に会う機会は激減する。

 計算してみたら、お寺に支払うお金もバカにならない。父の遺産が少なかったのは、間違いなくパチンコとお布施のせいである。どちらも再生産性はない。カモの年金老人がいなくなると、パチンコ業界と宗教界は衰退する。その心の隙間を埋めるビジネスチャンスを、だれが掴むのであろうか。
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