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文章の書き方

 いくら工夫しても自分が納得する文章は書けない

 文章を書くのは難しい。かなりの集中力とエネルギーがいる。ほぼ毎日、6年以上このブログを書いてきても、一向に楽にならない。

 まず何を書くかが問題である。心の中に『思い』が詰まっていなければ、1行も書けない。仏師も、素材のなかに仏が見えてくるまで仕事に取り掛からない。あるテーマがあって、訴えることがいくつか浮かんで、初めて文章という形に置き換えることができる。それも、ありきたりのものではいけない。「妄言」にふさわしい、革新的思想や改革のアイデアが必要である。
 
                グリフィスと弟子 H30.11.18

 つぎに、文章はわかりやすくなければならない。いくら思いがあっても、伝わらなかったら意味がない。言葉の使い方や、想定する読者のレベルを考慮する。それにはテクニックが必要である。それが難しい。

 また同じような意味の言葉も、いろんな言い方がある。
 「思う」と、「考える」、「感じる」との使いわけ。「重要」、「大切」、「肝要」、「大事」、「最優先」、「要諦」、「不可欠」、「主要」、「喫緊」など、よく似た意味で異なる言葉がいくつもある。これをどうするか。

 さらにいくら名文でも、長すぎると読んでもらえない。ツィッターがあれほど普及したのは、140文字という短文に、端的に思いを込めるからである。これには、短歌や俳句並みのテクニックが必要である。われわれ凡人は、ある程度の分量がなければ、伝わる文は書けない。
 私は、バカのひとつ覚え『起・承・転・結』を基本としてきた。たいてい、『転』で文の流れが変わる。そこに、イラストか写真をもぐりこませる。

 いくら工夫しても、自分が納得する文章は書けない。自分の書いたものをみるたび、穴があったら入りたくなる。
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