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長寿社会(7月27日)

 私たちは、生きていることの意味を理解し、生きていることに対しての謙虚さをもちたい
 
 先日、2012年の日本人平均寿命がまた延びたというニュースが入った。女性が86.41歳で世界1、男性は79.94歳で5位だそうだ。2011年の震災影響での後退を、完全に取り戻した。もちろん、少子化傾向は変わらない。

 この長寿と少子がミックスした日本社会は、問題だらけである。老人ばかり増えて若者が少ない人口構成で、労働人口は減少する。年金などに深刻な影響を与えるばかりでなく、社会の活力そのものがなくなる。少子化問題は、出産費用や児童生徒の医療費無料化などで改善されるほど、生易しくはない。その影響はきわめて大きく、今のままでは、うまく行かなくなるのは間違いない。全ての社会システムが崩壊する。

 したがって、長寿社会に冷や水を浴びせるような意見も出ている。生物学者の本川達雄氏は、「長生きが地球を滅ぼす」を書いた。高齢者には反発を感じる人もいるであろうが、誰も大きな声で言えないことを、生物学的見地から見事に理論付けていた。

 この本のあらすじを述べてみよう。前半は、生物時間の相対性について述べている。
 中盤以降が、核心部である。
 ①現代日本人は、生存に必要な40倍ものエネルギーを消費し、寿命を延ばしている。
 ②これは、子孫からの略奪である。
 ③子育てという重要な仕事を終えた動物は、みな静かに消えている。
 ④その命は子孫に受け継がれる。
 ⑤人や動物の歴史で、孫や曾孫の代まで生存するのは異常。
 ⑥かって、親孝行が美徳とされたのは、寿命が短かったからである。
 ⑦旧態依然とした(親を大切にという)倫理観が、まじめな人をこそ苦しめている。 

 と続く。最後は気が引けたのか、やや強引に、老人の生きる意義を強調し、締め括っている。
 このなかで、とくに考えさせられるのは、①②の部分である。もともと、仏教の教えの濃い日本では、生きていることは、他の命の犠牲の上に成り立っていると教えられてきた。それどころか、この本では、今のままの状態で長く生きることは、自分たちのかわいい子孫からの略奪であると喝破している。誰も反論できない。(現に日本では、実質的に、高齢軍団が出産機会つまり新しい命を奪っている)

 ただこの問題は、いわゆる健康寿命を極限まで延ばし、老人がいつまでも労働参加できるようになれば、理論的には解決する。長寿社会は、人類が長い間求めてきた理想とする社会であり、歓迎すべきことで、決して嫌悪すべきものではないはずである。また一人ひとりの個人にとっても、健康で長生きすることは最大の幸福である。(大きな矛盾だが)
 しかしこれは、あくまでも理想であって、老人はいつまでも労働参加できないし、しても困るのである。
 
 そして最も大きな問題は、どのような理屈があろうとも、今すぐ私たちの生き方を、根本的に変えるわけにはいかないということだ。急激な変化(70歳以上は姥捨て山)は、目先の悲惨さを招くことになり、社会的に容認できないからである。  
 そこで当面は、考え方を変えるしかない。きわめて難しいが、「人間の命は富士山より重い」という思想の転換である。その上で私たちは、今現在生きていることの意味を理解し、生きていることに対しての謙虚さだけはもちたい。(老人は大きな顔をしてはいけない、ということだ)

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