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生産性なきLGBT論争

 廃刊は、言論で理論の質を高めていくという、生産性向上の機会を奪ってしまった

 新潮45廃刊のきっかけとなった、10月号の記事「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」を一通り読んだ。藤岡信勝氏や八幡和郎氏など、そうそうたる保守論客7名が筆を連ねていた。とくに問題となったのは、小川栄太郎氏の「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」である。

 小川氏は、その論文の中で、以下のように述べている。
≪LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。(サドとマゾと尻フェチと痴漢)・・・・中略
 満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症状群の男の困苦こそ極めて根深かろう。(中略)彼らの触る権利を社会は保障すべきではないのか。…略≫
 たしかに、P・C(ポリティカル・コレクトネス)という病魔に取りつかれ、思考能力の無くなった人たちにとっては、びっくりするような言葉が並んでいる。

                無題

 だが、LGBTの概念を水平展開していけば、必ずこの小川氏記述のくだりに到達する。さらには、殺人の正当性云々にまで行きつくはずである。なぜ人を殺してはいけないのか、いまだに明確な答えを聞いたことがない。

 つまり宇宙に存在するすべては、量子学的に不確実なものである。LGBTという概念、LでもGでもいいが、それも単なる仮説の概念である。絶対的にそんなものがあるわけではない。世の中は『空即是色』、『色即是空』である。
 したがって、本格的にLGBTを論じる場合には、類似と思われるものを合わせ検討しなければならない。LGBTだけを特定するのは、それこそ浅はかである。浅はかな人の狂乱的バッシングほど、生産性のないものはない(ややこしいことを言わなくても、小川氏の言いたいことは、「LGBTを嫌う権利があってもいい」ということで、なにも目クジラ立てるほどのことはない)。

 そして新潮45社長の論理的思考能力の無さ、及びP・C患者からの言論圧力に屈する弱さが、『廃刊』というとんでもない事態を招いてしまった。もともと赤字だった事業をやめたのであろうが、いかにもタイミングが悪かった。どう見ても言論弾圧に屈したようにしか見えないからである。それこそ言論のやり取りを通して理論の質を高めていくという、生産性向上の機会を奪ってしまったのである。

                多面仏

 ただ、このような生産性のない理不尽なバッシングは、これからも起こる。なぜなら、橘玲氏が「NEWSポストセブン」記事で言っていたように、「世の中には『簡単なこと』ができない人たちで溢れている」からである。つまりOECDの「国際成人力調査」での読解力や数的思考能力において、きわめて簡単な問いにすら答えることのできない人が、世の中に80~90%もいるということが判明したのである。いわばサルと論争するようなものであった。
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