お前も死ぬぞ
*社会・哲学* > 高齢化、医療、死生観 - 2018年08月11日 (土)
死を覚悟しているつもりでも、つい日常に取り紛れて死ぬことを忘れてしまう
お寺の掲示板や壁の張り紙を見て、「なるほど」と思ったことがある。たいていの人がなんとなく思っていたことを、うまい言葉で表現している。本や講演会などより、筆で書いた大きな文字はインパクトがある。
これまででは、
「世の中にうまい話はない」
「役に立たなくていいです。・・・」
の2つが気に入っている。
とくに、「世の中にうまい話はない」は、このブログで何度か取り上げた。取り立てて新しい言葉ではないが、他人と交渉ごとのあるたび、思い出すようにしている。

つい最近では、8月4日の朝日新聞YAHOOニュースで、岐阜県の願蓮寺に掲示してあった言葉が話題となっていることが、取り上げられていた。
「おまえも死ぬぞ」である。
これを書いたのは80才の願蓮寺住職である。「死をひとごとに思いがちだが、死は誰にも平等に訪れる。そのことに目覚めることで、命や生き方を見つめ直してもらえれば」と話しているそうだ。
死を覚悟しているつもりでいても、つい日常に取り紛れて死ぬことを忘れてしまう。「おまえも死ぬぞ」という刺激のある言葉なら、いつでも呼び起こせる。日本中にこの言葉が広まれば、「じじいの決死隊」の志願者は増える。
格言と言えば、「私のわがままあたり前、他人のわがまま許せない」(愛知・西岸寺)も紹介されている。ここまでくると川柳との違いがわからなくなる。
お寺の掲示板や壁の張り紙を見て、「なるほど」と思ったことがある。たいていの人がなんとなく思っていたことを、うまい言葉で表現している。本や講演会などより、筆で書いた大きな文字はインパクトがある。
これまででは、
「世の中にうまい話はない」
「役に立たなくていいです。・・・」
の2つが気に入っている。
とくに、「世の中にうまい話はない」は、このブログで何度か取り上げた。取り立てて新しい言葉ではないが、他人と交渉ごとのあるたび、思い出すようにしている。

つい最近では、8月4日の朝日新聞YAHOOニュースで、岐阜県の願蓮寺に掲示してあった言葉が話題となっていることが、取り上げられていた。
「おまえも死ぬぞ」である。
これを書いたのは80才の願蓮寺住職である。「死をひとごとに思いがちだが、死は誰にも平等に訪れる。そのことに目覚めることで、命や生き方を見つめ直してもらえれば」と話しているそうだ。
死を覚悟しているつもりでいても、つい日常に取り紛れて死ぬことを忘れてしまう。「おまえも死ぬぞ」という刺激のある言葉なら、いつでも呼び起こせる。日本中にこの言葉が広まれば、「じじいの決死隊」の志願者は増える。
格言と言えば、「私のわがままあたり前、他人のわがまま許せない」(愛知・西岸寺)も紹介されている。ここまでくると川柳との違いがわからなくなる。
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