FC2ブログ
RSS

死刑は廃止すべきか

 法務大臣や死刑執行官の心労と引き換えに、死刑制度は冤罪による殺人を減らしている

 今月26日、オウム真理教の被告6名に死刑執行がなされ、事件で死刑が確定した13人全員の死刑が執行された。執行命令を出した法務大臣には、賛否の意見が渦巻いている。

 もとより死刑に対しては、根強い反対意見があった。
 たしかに、「死刑になるひどい失敗をした人でも、再生のチャンスを与えるべき」という見解には一理も二理もある。日弁連では、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し、2020年までに、死刑制度の廃止を目指すことを求めている。国際社会においては死刑廃止に向かうのが潮流である。死刑制度を残し、現実的に死刑を執行している国は少数になってきた。

 凶悪犯がほとんど射殺される欧米では、あらたまった死刑制度はない。混乱の中で殺してしまうほうが、改まって「今から殺す」といって死刑にするより気分的に楽である。死刑はなんといっても、「正式に」他人の命を永遠に奪ってしまう。したがって、執行命令を出した法務大臣や、実際に執行する人の心理的負担は、大変なものだと思う。
 また、これまで死刑執行された人の中には、冤罪の疑いのある人も何人かいた。

            ⑦切断、あわれ

 しかしそうかといって、いまの日本で死刑を完全に廃止することには反対である。
 ひとつは抑止力である。
 圧倒的多数の人は、死刑のような厳罰があるために、癇癪を何とか抑えることができた。厳罰がなかったら、手を挙げていたかもしれない機会は無数にある。

 つぎに、冤罪防止である。
 もし死刑がなくなると、凶悪犯の疑いだけで、捕り物のとき「犯人」を殺してしまう頻度が格段に上がる。その場合の冤罪の可能性は、裁判によるものとは比べ物にならないほど高い。命を失うという取り返しのつかない冤罪被害が、かえって増えてしまう。
 つまり、法務大臣や死刑執行官の心労と引き換えに、死刑制度は、冤罪による殺人を減らしているのである。

 そして、被害者心理である。
 大事な人を殺された被害者の身内は、絶対犯人を許すことなどできない。刑務所にのうのうといるのなら、乗り込んででも自分が死ぬ前に復讐したいと思う。犯人が社会復帰などしたら、間違いなく仇討ちする。
 さらに終身刑で社会に多大な負担をかけるなら、死刑の方がましである(死刑に反対する人の多くは、少しでも国力を損なおうとするイデオロギー闘争である)。

 このような観点からいまの日本では、死刑制度を廃止すべきではない。
スポンサーサイト



トラックバック
トラックバック送信先 :