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管理者批判

 どう転んでも批判されるやり方を選んだ西野氏は、管理・監督者の鏡である

 ワールドカップの日本対ポーランド戦での戦いに、賛否両論が渦巻いている。日本は、0-1で負けているにかかわらず、最後の10分間をパス回しでこのまま負けを選択。同グループのセネガル×コロンビアの微妙な結果で、決勝トーナメントへ進めたことである。
 その時点で、同時刻で行われている試合結果がどうなるか分からない。したがって、1点差の負けを選択するのは、危険な賭けであった。この10分の間にセネガルが点を入れれば、日本の予選敗退が確定してしまっていた。

 今回、日本のパス回しに対する外国メディアの批判は大きい。英国BBCなどは、日本はトーナメントでボコボコにされればいいとまで報道。私も日本チームのやり方を聞いたときは、こんなものはサッカーではないと思った。日本はあくまでも勝ちに行くべきであった。もしそれで日本がさらに点を取られ予選敗退しても、今より監督への批判は少なかったであろう。

              アジサイ 足羽山 

 しかしよく考えて見れば、西野監督はあえて批判を受ける道を選んだのではないか。
 今回、日本が決勝トーナメントへ行くことになっても、これだけ監督への批判が集まっている。もしあのときセネガルが点を入れ日本が予選敗退していたら、それこそ監督批判は熾烈を極めていたはずである。殺される可能性もある。

 つまり彼は、批判などまったく気にしていないのである。ポーランド戦で最後まで攻めていって批判を少なくしよう、運よく同点か勝利すれば絶賛される。そんなことなど毛頭考えていなかった。つまり、事態がどう転んでも批判を受ける道を選んだ。少しでも良く思われたいということなど念頭にない。そのことこそ賞賛に値する。



 そしてこれはまさに、理想的な管理者の行動である。
 『管理者は管理者であるが故に批判される存在である』
 つまり、管理者が行動を起こすときは自分への批判がどうなるかを考えてはいけない。誰でも人からは良い人と思われたいし褒められたい。それでは管理者として失格なのである(地獄の特訓から)。

 今回のワールドカップで日本が活躍すれば、このような後知恵の管理者本が出回るに違いない。
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