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葬儀での酒宴

 飲酒運転絶滅は、日本に雑駁な社会をつくりあげてしまった

 数日前91才の叔母が亡くなった。私の母が早くに亡くなったので、実の母のように思っていた。昨日は通夜、今朝の葬儀に参列した。家族葬ということで、参列者は近しい親族10名ほどであった。

 いとこの喪主からの電話で「亡くなった母の意向だから香典は不要」といわれた。寝たきりの状態でそんなことを言うはずがないので、この言葉は喪主が創作したものであろう。それでも香典を持っていくのは礼儀に反する。
 簡素な葬儀の割には、立派な祭壇と一通りのシナリオが用意されていた。ごえんさんの読経も通夜が30分、今日の葬儀で40分もあった(短くていいのに)。おまけに通夜のときは法話付きである。

              なんじゃら達磨

 通夜と葬儀、いずれも酒宴が用意されていた。こんな場を除いて親戚が親しくなれる機会はない。予想していなかったので車を運転していった。飲もうとすると周りが鬼のような形相で止める。酒肴を前にして飲めないのは地獄である。

 そういえば、はじめて見た若い親族たちもウーロン茶でひっそりと食している。本来なら親族が親しくなる絶好の機会である。飲酒運転撲滅運動は、殺伐した社会をつくりあげてしまった。
 ポリティカル・コレクトネスは、日本社会の崩壊を願う工作員の成果のひとつである。
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