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記憶は思い出せるか

 嬉しいことを記憶し、厭なことは忘れることで人間は生きていける

 モリカケ問題では、疑惑に上がった人の過去を質問者が問いただすことが多い。柳瀬氏の参考人質問でも、野党が過去の行動を根掘り葉掘り質問していた。3年前の特定の日の出来事である。思い出せなければ、ある野党の質問者は「都合よく記憶をだしたり忘れたりできる」といって非難していた。
 また先日首相が、加計氏と会ったという愛媛県の面会記録(怪文書)について問われ、答弁の食い違いを指摘されていた。これも3年前である。

 人はいったい、どれくらいの記憶を保持できるのだろうか。心理学者エビングハウスによると、記憶は1時間後に56%、1日後に74%、1か月後には80%を忘れるという。もちろん3年後には、きれいに無くなっているはず。ただ、その内容の重みによって異なる。

 そこで、自分ならどうか確かめようと、3年前の手帳を開いてみた。手帳には日々の予定として、訪問先と時刻が記されており、たいていそれが記録になる。
 3年前2015年5月の連休明けから31日まで、ほとんど毎日数軒の訪問先が記入してある。だが、その訪問先で何をしたのか、さっぱり思い出せない。大した仕事をしていないので、手掛かりがなければお手上げである。

              知らない

 公的診断の場合は診断報告書があるので、おぼろげに思い出す。だが文書になった記録は建前にしか過ぎない。多少ハッタリを入れるし、プライバシーなど機微にわたること、ノウハウなど肝心なことは書かない。なにより、他人の言葉を文字に起こす段階で書き手の有意性が紛れ込む。あるとき私自身が、ある団体職員に話したときの記録を見たら、まったく別人の言葉であった。意図した内容が全く書かれていない。だから、文書に示された記録など、半分はでっち上げである。

 ことほど、コミュニュケーションは難しい。つまり記憶はもちろんのこと、たいていの記録など、いい加減なものである。そのことを前提にものごとを進めていかなければならない。文書を後生大事に拝んでいる人を見ると情けなくなる。

 したがってあの国会で、柳瀬氏が3年前の出来事をあそこまで述べのは大したものである。無理に思い出すため、あいまいな記憶に論理性を加え作り上げたのであろう。他人からみて不合理でも、柳瀬氏にとっては真実なのである。
 蓮舫氏が言うように、「記憶を都合よく忘れたり思い出したりする」のは、柳瀬氏だけでない。ほとんどすべての人に適用する。厭なことを忘れることで、人間は生きていけるのである。



 それにしても、いつまでこんなアホなことを国会で続けるのか。無能な野党として、10年後には歴史の教科書に載るに違いない。野党の怪しげな議員以外にも、籠池、前川と、胡散臭い人物がつぎつぎ出てくる。あらたに、タイミングを見計らって「怪文書」を繰りだす愛媛県知事も参戦してきた。その怪文書をトップニュースで扱う、マスコミの劣化は見るに堪えない。政治コミック小説として売れるかもしれない。こんなものが世界史に上がったら、日本の恥さらしである。
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