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登山家の遭難死

 栗城氏はもう2度と失敗ができない。失敗のやり方を失敗してしまったのである

 登山家の栗城史多氏が、エベレストで亡くなったという。登山家として最も脂の乗り切った35歳という年齢である。登山歴は2002年から16年。登山を始めて5年で、すでに世界六大陸最高峰の登頂に成功していた。彼の凄いのは、単独行を貫いたことである。墜落の危険がある険しい山の場合、お互いの確保ができないのでリスクは大きい(そのかわりスピードは上がる)。むかしエベレストへ行くと言って大ぼら吹いた私も、関心はあった。

 単独行の岳人としては、「孤高の人」の加藤文太郎氏や松涛明氏が有名である。二人とも厳冬期の北鎌尾根で遭難死している(もっとも両氏とも遭難したときだけ同行者がいた)。
 当時とは装備や山岳技術は進歩したが、3000M級と7~8000Mでは、厳しさがまるで異なる。しかも栗城氏は、無酸素で登っていたという。8000Mといえば、酸素濃度は平地の1/3しかなく、普通の人は10秒でひっくり返る。さらに栗城氏は、未踏に近いルートや季節を選んで登り、専門家の間では無謀という人も多かった。

            御舎利岳より 剣~槍・穂高 H22.9.24

 栗城氏は、なぜそこまでやったのか。
 栗城氏のホームページを見ると、「否定という壁への挑戦」と題して、以下のような言葉が綴られている。このような、建前は大事である。

≪前略~  最近は講演で学校や企業に行くと、「失敗は悪。失敗が怖い。できない。だからやらない方がいい」という否定の壁をよく感じます。
 否定という壁が多くなれば、挑戦だけではなく夢や目標を持たせない世界になってしまいます。
 今まで山を登ってきて最も心に残っているのは、登頂した山よりも登ることができなかった山の方かもしれません。
 それは決して苦い思い出としてではなく、自然の偉大さに触れ、謙虚さ、優しさを教えてくれました。
 つまり、何かに挑戦するということは、成功・失敗、勝ち・負けを超えた世界が必ずあるということです。
 しかし、挑戦そのものを否定してしまえば、成功も失敗も何も得ることはできません。
  その否定という壁を冒険の世界を通して少しでも無くし、応援し合う世界に少しでも近づきたい。  ~後略≫

 ≪本当の挑戦は、失敗と挫折の連続だからです≫とも書いてある。

 そして「挑戦における失敗と挫折を人々と共有」するために、単独での秋季エベレスト登山の中継に挑戦してきた。
 つまり彼は、今回の遭難死という挫折を、我々と共有できたのである。


 しかし残念ながら、彼はもう2度と失敗ができない体になってしまった。今回は、失敗のやり方を失敗してしまったのである。
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