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チタンフレームの開発

 無限に思えた製品開発も、難攻不落ではない。失敗するほどノウハウが溜まる

 私自身の眼鏡企業時代における、ものづくり経験の一部を披露する。
 いま当たり前に使われているチタン眼鏡枠は、35~40年前に福井の眼鏡産地で開発された。といっても、どこか1社だけが一気に開発に成功したのではない。いくつかの眼鏡メーカーが、それぞれ独自の製品を開発していた。業界全体に技術が確立するには、10年近くかかっている。あるメーカーが自社眼鏡枠をチタンで作れたとしても、別タイプの製品が出来るとは限らない。

 そのころ、眼鏡企業で開発部門の責任者であった私もこの開発に関わった。30代中ごろである。
 チタンはすべての加工プロセスにわたって、大幅な加工条件変更が必要であった。だから会社が束になってかからねばならない。業界全体が低迷していた時期で、多くの企業がチタン枠の開発に命運をかけていた。私のいた会社でも、新しくチタン製造部を設立し、各部署からベテラン社員を移動させ、最強部隊を編成した。我々技術スタッフも覚悟を決め、背水の陣でチタンフレームの開発にかける。チタン用の新しいデザインをつくり、量産しながら試行・錯誤していく。もっとも量産といっても、1000枚ほどでしかない。機械も治具も、その都度必要なものを作る。地獄の特訓と重なる。

            底なし沼

 最初の1年は苦戦の連続で、底なし沼に落ちたように思えた。
 部品作りの始めプレス加工では、次々と金型を破壊する。うまく塑性変形しない。
 切削加工も、刃物が持たない。すぐに歯先が磨耗し、超硬の刃でも割れてしまう。やっと削れたと思っても、刃物の傷や返り(バリ)がいたるところに出る。滑らかな切り口がでない。
 とくに溶接が問題であった。押さえた時の圧痕ができたり、高温のため変色する。簡単に取れてしまうこともあり、これは話にならない。チタンは高温で酸素や窒素、水素などあらゆるものと反応し、脆くなったり皮膜ができる。そのため、ろう付けは、チタンと反応しない気体の雰囲気中で行うか、瞬間的に加熱する。条件設定が難しい。
 磨き工程でも、表面がきれいになるどころか、焼きついてしまう。
 またきれいなメッキができず、とんでもない後処理が必要になった。
 不良品の山を築きながらようやく仕上げた製品は、傷だらけで使い物にならない。チタン製造部員や我々が総動員で磨きまくる。他社は果たしてこんな無茶な作り方をしているのだろうか。もしこれで売れたとしても、これだけ手間をかけて採算が合うはずがない。

 50枚ほどのチタン眼鏡枠をつくるのに、その10倍以上の不良品の山と、恐ろしい工数を費やした。
 「これでは、できたと言えん」
 製造部長の言葉は、連日の深夜作業で疲労しているスタッフ達をがっかりさせた。できた製品でも、いくら磨き上げても商品価値はない。めっきのテスト用にしか使えない。めっき工程でも、工数を何倍にも増やして対処していたが、きちんと密着しないため、苦労を重ねていた。テスト用の製品はいくらでもできていく。
 かくして、次々と山のようにめっきのテスト製品が作られた。

            見てくれ

 だが無限に思えた製品開発も、難攻不落ではない。
 ある工程の開発では、私が社長に一生懸命「できない理由」を説明しているうち、ヒントがつかめてきた(きちんと聞いてくれたからである)。たいていその繰り返しで、取っ掛かりが見えればなんとかなる。無数の失敗を重ねながらも、少しずつ完成品ができていった。むしろ失敗を繰り返すほどノウハウが溜まっていく。だからその後10年以上、海外でのチタン枠製造は普及しなかった。

 多少工数はかかっても、それ以上に売値でカバーできた。当初、競争相手が限られていたからである。次第に生産の比重も大きくなり、数年後にはチタンフレームが主力になるまでに成長していった。不思議なことに、産地業界では他の眼鏡メーカーも、同じような経過をたどっていく。企業間で職人の移動も多く、業界内で企業秘密などという意識がなかったからであろう。

 その後の販売戦略をまちがえなかったら、間違いなく福井産地は、世界の眼鏡界をリードしていったと思う。
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