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平成25年1月(1~31日)

1月1日(火)
【新年】
 元旦ということで、梵の「極秘造大吟醸」を開けた。息子たちと杯に2~3杯づつ、朝食時と夕食時で、4合瓶1本を空けた。もちろん、それだけで済むわけがない。同じく梵の「ひやおろし」と一本木(1,700円)も、合わせて一人1~2合飲んだ。

 さすがに「極秘造大吟醸」はうまい。一気に飲むには惜しいので、口に含んでゆっくり飲むのだ。いつもビールを飲んでいる息子たちも、「うまい」と言ってくれた。朝一番の空腹時に飲んだためもあって、これまでで一番おいしい酒だった。この「極秘大吟醸」のあとに「ひやおろし」を飲むと、非常に淡泊に感じる。「ひやおろし」もそれなりにうまいのだが、「極秘大吟醸」ほどではない。ちなみに、普通ならいけるはずの「一本義」は、燗したためか、雑味が鼻について、とても飲めなかった。べつに「一本義」がお粗末なわけではない。ランクが違うのだから仕方がない。心配なのは、味が肥えてしまって、これからは大吟醸クラスしか飲めなくなるのではないかということである。
 
 ところで、これからの造り酒屋は、本当にうまい酒だけをきちんとつくるようにしたらどうか。私のような酒飲みでも、安酒をがぶ飲みするのには、辟易してきた。わけのわからない酒をたくさん飲むより、少しくらい高くても、いい酒をおいしく飲んでほろ酔いのほうがよほどいい。
 今まで、まずくても飲んでいたのを、我慢しなくてもよくなる。安酒だから、人に無理強いする側面もあるはずだ(ほんとにうまかったら、あまり人には薦めない)。そうなると、1升1000円台の安酒は淘汰されるであろう。本当のファンが増える。


1月2日(水)
【箱根駅伝】
 恒例の箱根駅伝である。2区のエース区間では、例によって黒人選手が大活躍だ。日大と山梨学院大それぞれの選手が、日本人のそれも力のある選手たちを10人以上抜いた。今や陸上競技で最後の牙城であった超長距離走でも、日本人選手の出る幕はない。オリンピックのマラソン競技は、圧倒的にアフリカ選手の独壇場である。
 しかし、ほんの10年ほど前まで、陸上競技ではマラソンは唯一といってもよいお家芸であった。宗兄弟、瀬古、谷口、中山、森下、藤田など、世界で通用する選手が次々と排出された。伝統の箱根駅伝をはじめとする、日本独自の駅伝による育成が功を奏していたからであろう。
 ところが、素質のあるアフリカ人選手が、日本人と同じようなトレーニングをしたらどうなるか。それが今の結果となっている。もともと、日本人とアフリカ人とでは、犬で言えば「柴犬」と「シェパード」以上の身体能力の差がある。日本人がかなうわけがない。
 ではどうすればいいか。身体能力の劣る日本人でも勝負できるような分野を探すしかない。なければつくる。幸い、国内の層は厚い。100人レベルの「駅伝」なら勝てるかもしれない。
 企業活動と同じ、「栄華必衰」は、世の流れである。
 
1月3日(木)
【行政改革】
 大前研一氏はつぎのように言っている。
≪国会議員と地方議員の定数も半分以下にすべきである。とくに地方議員は、今や候補者の顔ぶれが職のない若者と暇を持て余している老人のハローワークのようになっているので、歳費は少なくとも10分の1にしてかまわないだろう。さらに、市区町村長は基本的にボランティア(無給)で務めるのが世界の先進国の常識である。≫

 ぜひ、このように進めていく必要がある。ただこの改革は、職員や議員ではできない。規則を決めるのは、彼らだからだ。黙っていては、自分で自分の存在意義を否定するような規則を、決めるわけがない。職員や議員の報酬に関しては、市民が直接規則を決めればいいのだが、それを決めるのも議員である。
 名古屋市長みたいに、自ら報酬カットを言い出す議員が続出することを期待するしかないのであろうか。


1月4日(金)
【デフレ反転の成長戦略】(東洋経済)山田久氏
 日本総研の、戦略センター所長である山田氏の著作である。1963年生まれと若いため、読者にわかるような言葉遣いができてなく、読むのに苦労した。また、論点がマクロの経済政策と大企業中心で、中小企業にはあまり言及していないことから、直接の参考にはなりにくい。また、その具体的な成長戦略の提言内容についても、目新しい視点は見られなかった。
 ただ、日本の財政赤字を維持していくためには、「輸出主導」の経済政策が必要であるとの認識は、私と一致している。要は、「日本人はもっと働け」ということである。また、政策的な教育・訓練と資格制度を導入して、派遣労働者の賃金を正規労働者の賃金に近づけていくという提案は、一考の価値はある。この場合、「既得権益」を守ろうとする高賃金労働者の抵抗対策が必要である。

 ところで、この本の内容から、「デフレ」に関して、気が付いたことがある。つまりいま日本で起こっている「デフレ」のおもな原因は、供給が需要を上回っているからだとされている。確かに、土木建設や飲食、家電製品、衣服品、その他多くの製造品などはそうかもしれない。しかし、逆に需要が供給を上回っている業種がいくつもある。医療、介護、保育などのサービス分野である。おそらくこの3つの分野だけで、GDPの10%近くを占めているはずだ。
 ふつう景気刺激のための財政出動では、供給力過剰の分野に集中する。しかし、この3つの分野は、反対である。需要がたっぷりあるところへ、さらに政府の金が入る。これでは景気刺激にならない。もちろん、医療など命に係わる分野は、インフレになっては困る。ある程度の補助は必要である。支払いのできない需要者に対しての社会政策である。
 でもそうすると、ただでさえ需要が多い分野に政府が金を出すのだから、その分野の従事者はものすごく高賃金になるはずである。現に医療分野や公的保育分野ではそうなっている。しかしながら、民間の介護ではそうなっていない。介護のような直接命にかかわらないものには、年寄は金を使いたくないからであろうか。この辺の経済メカニズムは不思議である。おそらく、経済メカニズムとあらゆる既得権益とがごっちゃになって、わけが分からなくなっているのだろう。


1月5日(土)
【飲酒運転解禁論】
 飲酒運転禁止の弊害は大きい。GDPが減少しデフレが回復しないだけでなく、飲酒によるコミュニケーション機能が失われ、日本中に閉塞感が充満している。そのため、相変わらず自殺者も3万人を下らない(昨年は2万人台になったようだが)。本来ならば、すぐにでもこの悪法を廃絶すべきである。そもそも、人っ子一人通らないような道路で、飲酒運転を禁止する必要はないはずだ。しかし、「リスクゼロ」でなければならないという、ガチガチの固定観念に取りつかれた日本国民は、とうてい受け入れない。この「バカの壁」を破ることは、きわめて困難である。
 そこで、飲酒者向けの車を作るのだ。「絶対にぶつからない」自動車を早急に商品化、販売する(もう、製品はできている)。周囲の状況を把握して自動的にブレーキをかけられる技術を搭載した自動車なら、めったに事故を起こさないはずだ。すでにミニカーでは、完璧にできる。もちろん普通の自動車の場合、慣性もあるし複雑な動きをするため、一筋縄ではいかない。でも多少金はかかってもいいではないか。その高機能自動車を運転するのなら、飲酒運転(べろんべろんでは困るが)OKとするのである。自動ブレーキ機能に加えて、スピードは40キロ以下にする。外観を真っ赤にして明かりを点滅させるなど、派手に目立たせれば、周りも逃げていくであろう。
 
1月6日(日)
【崩落事故】
≪3日正午ごろ、大阪府河内長野市と和歌山県橋本市を結ぶ国道371号の「紀見トンネル」(全長約1450メートル)の和歌山方面行きの車線で、コンクリート製の側壁の一部がはがれ、約5メートル下に落下した。けが人はなかった。≫

 昨年の中央道トンネル事故のあとだからか、こんな小さな事故さえニュースになる。絶対「安心」を求める日本国民には、大変なことなのかもしれない。今に、日本中の建設物の破壊状況が、細部にわたって報道されるであろう。それだけであって、じゃあどうすればいいのかを、誰も提言することができない。


1月7日(月)
【低線量被ばく】
 この件については、昨年度もこの欄でさんざん述べてきた。
 今の日本には放射線の危険を、これでもかと煽り立てる人もいれば、いや低線量被ばくはかえって健康にいいのだという人もいる(ホルミシス効果)。健康にいいとまではいかなくても、この程度の放射線(20~100㎜SV/年)では、全く人体には影響ないという人が、冷静な人を中心に、確実に増えてきている。これまでいろんな情報を集めてきたが、客観的に見て「安全派」の根拠・理論はしっかりしているし、必ずしも御用学者ばかりではない。誰がどう考えても、今の程度の放射線のリスクより、危険を煽られて逃げまわり、ストレスをため込むリスクのほうがはるかに大きい。3.11で分かったのは、地震や津波で「原子力発電所」は壊れるが、放射能はそんなに恐くなかったということである。原発関連で亡くなったのは、放射能から逃げた人だけである。
 そうはいっても、まだ圧倒的に放射線の危険を煽る人のほうが多い(声が大きいだけかも)。「安全派」の声が小さいのは、「何もないというのは悪魔の証明」だからである。安全の証明は、絶対にできない。(冤罪事件、南京大虐殺や従軍慰安婦と同じ構造である)

「危険派」は、どうみても噂に毛が生えただけの情報をもとに、感情だけに走っている。その論理は破たんしているのに、である。所沢ダイオキシン騒動、新型インフルエンザ騒動、BSE騒動、口蹄疫30万頭大虐殺などの愚を繰り返し、増幅させているのである。ほんとうに学習能力がない。いやもしかしたら、危険を煽る人たちも、これはおかしいと気づき始めているのかもしれない。一度口に出したことを引っ込めたくないのだろう。原発利権の恩恵から外れた怨念もあるし、放射能が安全であっては、原発反対の根拠がなくなってしまうのだ。

 そして危険を煽る人たちは、それだけで金儲けができる。不安をネタにした商売ほど儲かるものはないからだ。本が売れ、保険が売れ、放射線防護商品が売れ、測定器が売れる。政治家は票につながる。東電や政府からは、補償金がたんまり入る。弁護士は、サラ金から東電に狙いを変更した。これらを商売にしている人たちは、いまさら放射線が安全だといって欲しくない。「放射能は危険」が、新たな利権となっているのだ。また、これらについて利害関係のない市民でも、「放射能は危険」の固定観念を植え付けられている。安全だといわれるとかえって心配になる。したがって彼らは、「安全派」に圧力をかける。
 さらに大問題なのは、危険を煽っている人たちは、自分たちがいかに低線量地域住民の、人権を蹂躙しているかについて、思いをはせていないことだ(思っていてやっているのなら、もっと悪い。バカではなく、悪人だからだ)。「子孫に影響するから少しでも放射性物質が含まれていたら廃棄せよ」、「原発周辺は毒物地帯だ」、などと煽る。危険だ、危険だということで、徹底して地域やその住民に対する差別意識を生み出している。したがってネットでは、「遺伝子に傷がついた東北の人間とは結婚するな」、という意見まで飛び出しているのだ。これは、過去問題となった、ハンセン病やエイズ患者などへの差別意識を、100倍も拡大したものである。とんでもないことだ。「放射能危険派」は、万死に値する。


1月8日(火)
【高橋是清】
 麻生前総理が入閣し、「平成の高橋是清」だと言われている。一度総理大臣までなった人が、経済危機に際して、金融財政の責任者として登場したことが共通している。ただ、高橋是清は、昭和11年に起きた2.26事件で青年将校に暗殺されている。
 高橋是清は、昭和5年の世界大恐慌と井上準之助の金本位制の影響で、デフレ不況に陥った時、自身5回目くらいの大蔵大臣に要請された。そこで日本を、「大胆な」金融緩和と積極財政で救ったのである。ただその時に、かなり軍事費を増やして軍部を増長させてしまった。その後インフレが進んで、引き締めにかかろうとしたときに、予算を削られそうになった軍部に消されてしまったのである。それからあとは、国家予算の半分近くを陸軍と海軍に費やすなどで赤字財政が膨らみ、後戻りできないほどのインフレに突入、大東亜戦争に突っ込んで行ってしまった。したがって、2.26がなければ、日本は大きく変わっていたであろうと言われている。
 今回も、もし政策が成功してデフレを脱却し、インフレになったとき、予算を引き締めなければならない。その時に、2.26のような修羅場なしにことが収まるかどうか。
 ただ、現代は昭和初期と決定的に異なることがある。それは、個人と企業が大金持ちになっていることだ。大金持ちが増えて金の使い道がないから、国が代わって使ってあげるのだ。そう考えたら、財政赤字はいくら大きくても構わないのではないか。
 
1月9日(水)
【手抜き除染】
≪東京電力福島第一原発周辺の除染作業で、取り除いた土や枝葉、洗浄に使った水の一部を現場周辺の川などに捨てる「手抜き除染」が横行していることが、朝日新聞の取材でわかった。元請けゼネコンの現場監督が指示して投棄した例もある。発注元の環境省は契約違反とみて調査を始めた。汚染廃棄物の扱いを定めた特別措置法に違反する可能性がある。1月4日≫

 あまりいいことではないが、現場の作業員の立場に立ってみれば、無理もない。文句を言っている人たちは、机の上で「怪しからん」と言っているだけで、実際に除染作業をやったことがないのだ。やったとしても「背広の土方」(その場で、背広を脱いで、『こうやってやるんだ』と言って、1回だけ見本を見せるやり方)である。とくに、仮設住宅に居ながら、除染を待って帰宅しようとしている人たちが文句を言うのは見苦しい。除染作業者から見れば、「あんたがやることを代わりにやってあげているのに」と思っているだろう。私に言わせれば、そもそも除染などは必要ない。穴を掘って埋めるのと同じ、失業対策だと思えばいい。働く貧乏人にお金が回らなければならないからだ。


1月10日(木)
【診断士手帳】
 今年から診断士手帳は、有償となった。1冊500円だ。本部に購入を申請したので、支援センターには届いているのだが、そこから1か月かかっても、まだ手元にない。これまでは、「自動的に」自宅に送付されてきたので、煩わしい手続きなしに移行できた。500円という手帳の金額より、入手の手間のほうがコストアップになると思う(その代わり本部からは、頼みもしない雑誌が毎月「律義」に送られてくる。我が家はゴミ屋敷になる)。
 旧手帳で、3月までの予定記載があるので、1か月ぐらい入手が遅れてもそんなに影響はないはずである。しかしそろそろ、来年(26年)の予定も入るようになる。地域の役員交代期が1月で、その会場予約が1年でも、都合のいい日が取れないからである。早く新手帳に移行したい。
 ところで、この診断士手帳は平成13年度から使っている。診断士の報酬や契約、収入印紙なども書かれており、便利である。とくに予定欄は、1か月1ページ単位(見開きで2か月分)になっており非常に使い勝手がいい。簡単に記入や閲覧ができるからだ。ただ、1年分しか記入するところがなく、毎年12月になると新手帳への移行が煩わしい。
 そこで、この予定欄を3年分にした手帳があれば、非常に便利である。少しくらい高くても(1500円くらいまでなら?)買う。これまで市販の手帳をさんざん探したが、この予定記入方式での3年手帳はなかった(見開き1か月の予定欄で3年手帳は市販されていたが、非常に分厚い)。報酬や契約、氏名や血液型など、めったに変わらないものは、3年ぐらいそのままでいい。
もっとも予定の立て方は、人によって千差万別であるから、私のようなニーズは、世の中にはないのかもしれない。5年ほど前から、自分専用の3年手帳をつくろうと思っていたが、とん挫している。

 

1月11日(金)
【消費税】
≪公明党は、14年4月に消費税率を5%から8%に引き上げる際に軽減税率を導入するよう求めた。両党は来週にも民主党との協議を行った上で、24日までに与党税制改正大綱をまとめる方針を確認した。(2013年1月9日14時15分 読売新聞)より≫

 消費税導入のたびに、この軽減税率が問題になる。しかし、どの品目を軽減し何を課税するのかについて、必ずあいまいになる。これを議論しだすと、泥沼に入る。また、各業界の思惑が入り乱れて、利権の奪い合い、賄賂の温床になるのは明らかである。軽減税率の導入権限を通して、財務省の天下り先を増やすことにしかならない(消費税は他の税と違い、ほぼ全ての商取引に関係してくるので、財務官僚にとっては最高のメシの種となる)。したがって、消費税を上げるなら例外を認めては絶対にいけない。

ただ、もし一つだけ例外を認めるなら、国産の「米」だけは例外にしてもいいのではないか。穀物は日本の生命線であり、守らなければならならない最大のものであるからだ。例外のない原則はないし、例外を作るなら、たった一つだけにすべきである。


1月12日(土)
【加害者と被害者】
 自分は交通事故の加害者にも被害者にもなったことはない。しかし、もしなるのなら断然「被害者」のほうがいい。圧倒的多数の人はそう思っているであろう。事故の「加害者」になるほど、みじめなことはないからだ。(もちろん例外はある)

 ところで今日アオッサの前で、80歳くらいの男が、20歳くらいの若者の軽自動車にぶつかって、倒れているところを目撃した。すぐ立ち上がったので、大したことはないと思う。ただ、軽自動車の後ろにいた1BOXカーの運転手は、「足に乗り上げていたので、救急車を呼んだほうがいい」と言っていた。ひかれた瞬間を目撃したのだろう。私は、すぐ現場を離れたので、詳しい状況はわからない。たぶん、横断歩道で老人がもたもたしていて、車のところに倒れ込んだようだ。

 ただ、ひかれた老人は意識がはっきりしており、しきりに若者に文句を言っていた。平謝りの若者を見ると、気の毒になる。おそらくここしばらくは、警察の事情聴取や保険金の支払い、けが人の見舞いなどで、日常生活が大幅に乱されるはずだ。
 
 逆に、ひかれた老人は「しめた」と思ったに違いない。命に別状はないし、ここ当分は、交通事故被害ということで、誰に指指されることもなく、のうのうと暮らすことができるからだ。「被害者」さまさまである。
 あの様子を見ていて、またその後の状況を考えると、高齢者の醜さといやらしさに、反吐が出そうになる。もし、あの老人がいなかったら、あの若者はこの事件に関わることになる時間を、もっと有効に使えたはずだ。老人が、若者の人生を奪うことになったとも言える。そう考えたら、「被害者」にしかなれない人は、この世にいないほうがいいのではないか。残酷なようだが、「加害者」になることのできる人こそが、世の中に必要なのである。




1月13日(日)
【孫への贈与税】
≪政府は9日までに、緊急経済対策に祖父母が孫に教育資金を一括贈与した場合、贈与税を非課税とする措置を盛り込む方針を固めた。非課税額の上限を1人最大1500万円とする方向で調整している。(時事通信)≫

 経済活性化のためには、この税制改革は1歩前進である。ただこれだけでは、まだ1/10の効果しかない。贈与税を軽減し、相続税を重くすることがセットになっていなければならない。ほんとは、贈与税より相続税のほうを重くするのが理想である。金融資産の相続税率は、100%でもいい。黙っていたら、高齢者は金を使わない。お金を持っていることが負担になるような仕組みが重要なのだ。今の税制は、お金を貯め込むことそのものがゲームのようになってしまい、お金を使う楽しみを奪ってしまっている。これではだれも幸せにならない。

≪繁栄可能の理由として、大前さんは、日本の個人金融資産はGDPの3倍と世界で例がなく、仮に10%の150兆円が市場に回れば日本の経済状況は激変することを挙げる。海外では、イタリア人は人生を楽しむために金を使い切るまで遊び、アメリカ人は老後の準備をして、そのために最もお金を使うという。大前さんは、その金が市場に流れ、若い世代へ受け渡されるとしている。J‐CASTニュース2009.2.7より≫


1月14日(月)
【バラマキ財政】
≪フジテレビ系 1月11日(金)19時37分配信
安倍政権は、史上最大規模20兆円を超える緊急経済対策を打ち出した。しかし、肝心の財源は確保できるのか。大幅に増額された公共事業費に、一部からばらまきとの声もあがっている。≫

 バラマキとは何か。マネー辞典(m-Word)では、『国家による大規模な財政支出を意味することば。やや批判的なニュアンスで表現するときに用いられる。景気刺激のための公共工事、また子育て支援、福祉政策などの目的でバラマキがなされる。』とある。
 しかしこれでは、大きく金を使うことすべてがバラマキになってしまう。本来のバラマキとは、ヘリコプターでお金をばら撒くように、誰でも彼でもお構いなしにお金を与えることを言う。ふつう「誰でも彼でも」ということはあり得ないので、常識的に考えて、ほとんど働かない人にお金を与えることを「バラマキ」と言ってもいいのではないか。「生活保護」や、「子ども手当」、「年金給付」などである。休耕田保障など、農地を持っているだけでお金を支給するのもバラマキである。

 では、バラマキでない大幅な財政支出とは何か。働いている人にお金を与えることである。その場合、少しぐらい効率が悪くてもよい。一所懸命働いていると認めた人に、報いることが大切なのだ。その価値観さえ共有していれば、その判断は政治家に任せてもいい。そのための選挙制度なのだ。
 そう考えたら、バラマキでないお金の使い方は、「公共事業」しかないではないか。他にあるなら、教えてほしい。


1月15日(火)
【著作権】
 知的財産の一つ著作権という既得権の塊のようなものがある。著作権の詳細は省くが、これは「著作者」の死後、50年も守られる。それを米国の圧力で、75年にしようとしている。さらに、これまで親告罪だった著作権法違反の罪を、非親告罪にしようとする動きまである。こんなことをしたら、すべての人が犯罪者になる。他人の著作権を厳密に守っている人など、誰もいないからだ。「創造的」な活動をして、著作物をたくさん出している人ほど、他人の著作権を犯している。自分一人で、ゼロからそれなりの著作物を出すことは、それこそ「絶対に」不可能である。また、文字人口が飛躍的に拡大し、著作物の数量が無数に増えてきた現代では、他人の著作物をすべて調査してから著作するなんてことは、「逆立ちしても」できるはずがない。

 これまでも、著作権法のおかげで、人々はどれだけ不自由な思いをしてきたことか。一部の著作者の既得権を守るために、世の中の自由な生活と創造的な活動を、大きく制限してきた。

 そもそも、なぜ著作権は守らなければならないのか。
 著作権法第1条では、≪この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し、著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする≫とある。

 しかし、どう見ても今の著作権法が「文化の発展」に寄与しているとは思えない。逆だ。著作権を保護することによって、文化的な活動と発展を阻害しているなら、こんなものはないほうがいい。今の著作権という悪徳利権は、「文化の発展」を守るというより、「著作権者」を守ることに汲々としているようにしか見えない(アメリカの言い分を聞いていたらこうなる)。

 ちなみに中国では、(閲覧の制限はあるらしいが)著作権を無視して、あらゆる分野の学術論文が自由に閲覧できるようになっているという。これによって、学問の進歩は著しく進む。日本のように、がんじがらめに縛られて、何もできないのとでは大違いである。世界との競争に負ける。
 もちろん、「モノはほどほどである」。


1月16日(水)
【中国の人口】
≪中国の出生率に予想以上の急ブレーキがかかっている。中国政府は1.8と言い続けてきたが、最近の調査で1.18へ低下していたことが判明。現代中国研究家、津上俊哉氏がこれらのデータから推計した結果、労働力の中核を担う15歳から64歳までの生産年齢人口が、これまでの通説の2015年以降ではなく、2013年にピークアウトし、減少へ転じることが初めて明らかになった。 一人っ子政策で出生率を抑えてきたが、生活費が上昇する都市部で子供の養育は簡単ではない。急速な少子化で労働者が減り、賃金上昇が加速すれば、経済成長は一段と大きな壁に突き当たりかねない。中国の失速は、中国依存度が高い日本や世界経済へも甚大な影響を及ぼす。津上氏は以下の寄稿文で、仮に一人っ子政策を撤廃しても、それだけでは出生率の回復には力不足で、中国の将来に対する楽観的な見通しは大幅な修正が必要と指摘する。2013年1月7日(月)日経ビジネスより≫

 少子化はわかった。問題は高齢化である。2012年のWHO調査では、中国の平均寿命は74歳とされている。日本より10歳近くも低い。実際はもっと低いかもしれない。この平均寿命を下げていけば、中国は大丈夫である。


1月17日(木)
【体罰禁止】
≪大阪市立桜宮高校の男子生徒が、部活動の顧問から体罰を受けた翌日に自殺した問題で、学校は、全ての部活動を自粛することを決めた。
大阪市立桜宮高校の2年の男子生徒は、2012年12月、バスケットボール部の顧問から体罰を受けた翌日に自殺した。
桜宮高校では2011年、体罰で停職3カ月の処分を受けたバレーボール部の顧問が、復帰したあと、再び部員に体罰を加えていたこともわかっている。
一連の問題を受けて、高校は、ほかの部活動でも体罰がなかったかどうかの確認をするため、全ての部活動を当面の間、自粛することを決めた。
大阪市の教育委員会も、やむを得ない措置として了承したという。フジテレビ系(FNN)1.14より≫

 ここまでしたら、まさしく「角を矯めて牛を殺す」になる。日本中の子供が、スポイルされる。このままでは、日本国民は世界中で一番早く全滅する。 体罰でも何でも、行き過ぎはよくない。しかし、「ほどほど」の体罰は、絶対に必要である。


1月18日(金)
【語学】
 国際人になるために、日本人はもっと英語力をつけなければならない、という議論は久しい。ただ、英語を覚えるのは簡単である。日本人のほとんどは、10年近くも英語の基礎を勉強してきた。したがって、あと数か月の実践環境があれば、完全マスターする。あとは、具体的な必要性が身に迫っているかどうかである。すなわち、日本人が英語が苦手なのは、その必要がない(と思っている)からであるにすぎない。

≪世界中の言語で、日本語ほど複雑で難しい言語はない。これがマスターできているのなら、英語などは簡単である。日本語には、3種類の文字がある。ひらがなとカタカナという2種類の表音文字が100文字もあり、その他に漢字という表意文字が3000字ぐらいある。中国から輸入した漢字であるが、その読み方にはオリジナル準拠版と大和版と2種類あるので、正確な読み方は、変種もあるため経験的に覚えるしかない。外国人にとって、これをマスターするのは、不可能に近い。
 英語は、大文字小文字で50文字強しかない。発音と文字の関係に大体のルールはあるものの、細かいところは覚えなければならないという若干の課題はあるが、ドイツ語などと違って、名詞に性があって、それを覚えるという手間はいらない。ということで、今や、世界の標準言語は、インターナショナル英語である。いや、場合によってはブロークン英語と言った方が良いかもしれない。・・・・・・・・・・・・市民のための環境学ガイド 安井至より≫

 若い人は、英語が必須である。世界と戦っていくのには、「敵」を知らなければならないからだ。しかし、我々「老人」に、英語は必要ない。英語どころか、日本語やその方言さえよくわからない。まだまだ、国内で知りたいことが山のようにある。そして、外国の「敵」と戦う前に、国内の「敵」を滅ぼさなければならないからである。


1月19日(土)
【活断層と専門家】
 大飯原発や敦賀原電の近くに、活断層があり、その近辺の原子炉を廃棄する可能線が論じられている。ここで、活断層の危険性を強調しているのが、その分野の「専門家」である。

 「専門家」のいかがわしさについては、これまで厭になるくらい述べてきた。「専門家」ほど、既得権益を守ろうとする職業はないからである。ではどのようにして、既得権益を守るのか。「専門家」は、自分の専門分野の存在価値を守るために、必要以上にその危険性をアピールするのである。自分の専門分野に危険性も有益性もなければ、世間に注目されないだけでなく、研究費が減額されるからだ。場合によっては、研究が打ち切りになる。逆に、その専門分野が危険をはらんでいればいるほど、利権が転がり込む。有益性を示すのは難しいが、危険性を示すのは簡単だし、そのほうが世の中にインパクトがある。

 しかも自分の専門分野に関しては、自分が一番の「専門家」である。誰もその専門分野では反論できない。かくして、すべての「専門家」は、自分の専門分野の危険性を水増しし、必要以上に訴えるのである。このことは、必ずしも「専門家」の責任ではない。いいことではないが、日本ではそのような社会構造になってしまっているのだ。オカルトより、たちが悪い。

 したがって、「専門家」のいうことは、99%嘘である。これだけは断言してもいい。良心的な「専門家」を見分ける方法はただ一つ。その「専門家」ご自身の専門分野が、世の中にとって、毒にも薬にもならないということを、正直に言える人である。

 今回、活断層の上の原発の危険性についても、その99%の嘘のために、日本の未来を犠牲にするなんてことは絶対にできない。


1月20日(日)
【放射能の害】
≪東日本大震災の福島第一原発事故後、避難者を受け入れている福島市の瀬戸孝則市長が15日、大阪市役所に橋下徹市長を表敬訪問し、「今日は久しぶりに放射能のことから頭が離れて、スッキリしているところでございます」と発言した。 1月16日1時5分配信 読売新聞≫
 間違いなく言えるのは、放射線の害は、放射線そのものより、放射線を恐れて不安が高まり、免疫機能が低下することである。大阪に来てすっきりするのなら、福島でもすっきりできるはずだ。単に、気持ちの問題である。


1月21日(月)
【アルジェリア人質】
≪アルジェリア南部イナメナス近郊の天然ガス関連施設でプラント大手「日揮」(本社・横浜市西区)の日本人従業員らがイスラム武装勢力に拘束された事件で、アルジェリア軍は19日、最終的な掃討作戦を実施し制圧を完了した。内務省によると、これまでの作戦で武装勢力32人を殺害したが人質ら23人の死亡を確認。サイード情報相は20日、死者がさらに増えるとの見通しを示した。日本人が含まれるか不明だが複数死亡の情報もある。(毎日新聞より)≫
 この国では、若者の失業率が90%近く。テロも頻発し、10年ほど前までは内戦状態で、数十万人の国民が亡くなっていた。そういう国である。人質の10人や20人より、再び内戦状態になることのほうが、この国にとってははるかに重大なのである。
 日本人の駐在員の方も、アルジェリアに派遣された時には、そのような覚悟をしていたとは思う。日本人がかなり犠牲になったと聞いている。若い人が少なければ良いのだが。


1月22日(火)
【規則】
 先日、地域町内の総会で原理主義を持ち出す人がいた。この会の会則が、この場に提示されていないため、この会が成立しないというのだ。確かに会則はこの場に提示されていない。ただ私を含め、その原理主義にきちんと理論で言い返すだけの知恵は持ち合わせていなかった。その時に、本来ならこの原理主義者に、こういい返すべきであったろう。
「確かに、ここに会則の原本は、ここにありません。しかし、この総会資料は前回と同じです。前回の資料は、会則にもとづいてつくられています。それは、前回の早期で承認されたことです。その前から、それが引き継がれています。この資料が現在の実質的な会則そのものです。ですから、会則は必要ありません。そもそも、この会の存在自体を定めたものがなにもないのに、会則も何もあったものでありません」と
 あまりにも規則でがんじがらめにすると、何もできなくなる。今の日本国の法律がそうである。こと細かく、あらゆる分野の法律・法令が定められている。天文学的な量である。法律学者でも、すべての法律に目を通し、理解できている人はいないのではないか。その結果、日本中が規制に縛られて、何もできなくなる。
 とは言っても、規制がないほういいと言っているのではない。ある程度の規制はなければ困る。たとえば、5個条の御誓文程度でいい。あとは、なあなあで済ますのが、日本的である。とくに、町内会のような互助会のような、ボランティア組織のようなものはとくにそうだ。ややこしいことを言い出すと、きりがないし誰もやる人がいなくなる。


1月23日(水)
【さっさと死ねるように】
≪麻生太郎副総理兼財務相は21日開かれた政府の社会保障制度改革国民会議で、余命わずかな高齢者など終末期の高額医療費に関連し、「死にたいと思っても生きられる。政府の金で(高額医療を)やっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうなど、いろいろと考えないと解決しない」と持論を展開した。≫

 誰もが思っていることを口にしただけではないか。副総理という立場からの発言は、いかがなものかという意見がある。しかし、副総理、財務大臣の発言だからこそ、注目されたのではないか。普通の議員の発言なら、当たり前すぎて、誰も注目しないだろう。
 虎視眈々と大臣の「失言」を狙っているTV局が、この発言にさっそく飛びついた。しかし、どのコメンテーターも目くじら立てて非難することはなく、TV局の思惑も、空振りに終わったようだ。


1月24日(木)
【仕分けの廃止】
≪安倍政権の発足後、民主党政権の「事業仕分け」で廃止もしくは見直しを求められた事業が相次いで復活しつつある。仕分けは、法的拘束力がなく、短時間で結論を出す手法の問題も指摘されたが、行政の無駄に切り込む姿勢は一定の評価を得てきた。政権交代により、無駄の検証なく、仕分けられた予算がよみがえれば、行政へのチェック機能の後退は避けられない。 (中根政人、宮尾幹成)≫
≪〇九年度の補正予算でもほぼ同じ事業が五百七十三億円計上されたが、同年の仕分けで「補助金を配る仕組みが問題」として、翌年度の予算計上を見送るよう判定された。経済産業省によると、事業費は外部団体を経由し、中小企業に補助金として配られていた。その外部団体が事業費のうち約十八億円を「事務経費」として抜き取っていたのが問題視された。
 今回計上された事業も、経産省が事業費を基金化して外部団体に預け、補助金を交付する企業の選定も外部団体に委託する方針。指摘された問題は改善されず事業規模だけ増えたとの印象が残る。≫

 仕分けで問題視されたのは、その事業費が適正に使われていたかどうかである。本来の事業に使われていなくて、事務費と称し、「天下り」機関にピンハネされるような構造を、問題視していたはずだ。その肝心のところを曖昧にしたまま「仕分け」を廃止すれば、この国は再び、役人の天下り天国になってしまう。
 金を使うのはいい。ただそれは、正当に働いた人がもらうべきだ。この国はとにかく、人々が一生懸命働けば、何とかなる社会なのである。財政赤字は、関係ない。


1月25日(金)
【物価上昇率2%目標】
≪22日、日本銀行は前日に続き金融政策決定会合を開き、1)「物価安定の目標」を導入と2)資産買入等の基金について、「期限を定めない資産買入れ方式」の導入を決定した。
 1)については、従来の、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下の領域、当面は1%を目途とする」から、「目途」を「目標」に代え、消費者物価の前年比上昇率の目標を「2%」とした。
 2)については、実質ゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置を、それぞれ必要とされる時点まで継続すること、その際、資産買入等の基金の運営について、現行方式での買入れが完了した後、2014年初から毎月13兆円程度の金融資産の買入れ(うち2兆円が国債、10兆円が国庫短期証券)を行い、これによって基金の残高は14年中に10兆円程度増加し、以後は残高が維持される――としている。東洋経済オンライン≫

 これは、呼び水である。地下に水脈がなければ、いくらやっても意味がない。逆に水脈がなければ、何してもだめなのだ。ダメだということがわかるだけでもいいではないか。
 もっとも、日本に水脈がないとは思わない。5~6年この政策を続ければ、絶対に日本は回復する。


1月26日(土)
【教員退職金】
≪埼玉県内で100人超の教員が退職手当引き下げ前に「駆け込み退職」を希望している問題で、佐賀県と徳島県では教頭や学級担任を含む教員43人が既に駆け込み退職していたことが22日、毎日新聞の全国調査で分かった。学校事務職員や一般行政職員を加えると70人超が退職。高知県など4自治体でも退職希望者がおり教育委員会が対応に追われている。(毎日新聞)≫

 先日、破産寸前の業者の相談を行った。150万円のお金が工面できなくて、自己破産もできない。また自己破産できたとしても、住んでいる住宅は手放さなくてはならない。下手するとそのために一家離散となるかもしれない。いま、こんな中小企業者が、ごろごろしている。

 それに比べて、この教職員達の贅沢な悩みはどうであろう。いったいその退職金は、いくらもらえるのか。早期に辞めた人は2700万円で、2月以降の場合2550万円だそうである。その半分もあれば、前述の中小企業者は助かる。その退職金額の多さも恨めしいが、退職後の年金額を聞いたら、怒り心頭である。辞めるまでの給料分を引くと手取りが70万円ほど少なくなるらしいが、2500万円のうちの70万円のために、周りに迷惑をかけてまで退職する教師とはなんだ。彼らはこの先、永遠に世の中から恨まれるであろう。


1月27日(日)
【貿易赤字過去最大】
≪財務省が24日発表した2012年の貿易統計速報(通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は6兆9273億円の赤字だった。赤字額は1980年(2兆6128億円)を大幅に上回り、過去最大となった。年間の貿易赤字は2年連続。原発停止に伴って火力発電用の液化天然ガス(LNG)など燃料輸入が増加する一方、世界経済の低迷や円高で輸出が落ち込んだ。(時事通信)≫

 直接の原因は、高額な燃料輸入のせいである。しかし、本当の原因は、日本人が働かなくなったからであることは間違いない。生活保護費や年金、子ども手当、農業補償など、働かない人にどんどんカネをばらまいている。今問題になっている、退職金に目がくらんだ教師の早期退職などは、典型的な事例である。早期退職しても、かれら教師にはがっぽり年金が入るはずだ。

 日本人が働かずに、このまま貿易赤字が拡大していくと、経常収支、国際収支も赤字になる。そうなると、財政大赤字国である日本はもたない。国家破たんである。とにかく、一所懸命働いた人にお金が回るようにしなければならない。国内でお金が回っている限り、政府の財政赤字は、いまの100倍でも問題ないのである。


1月28日(月)
【25年度税制改革】
≪自民・公明両党の税制調査会は24日、平成25年度の与党税制改正大綱を決定する。経済成長とデフレからの脱却を目指し、設備投資や研究開発などに前向きな企業への減税措置をずらりと並べる。暮らしの面では26年4月の消費税率8%への引き上げを前に住宅ローン減税の拡充で配慮を示す一方、8%段階での「軽減税率」導入は見送り、富裕層には所得税や相続税を増税するなど負担増が目立つ内容だ。1月24日産経新聞≫

 このなかで、孫へ1500万円までの贈与税率をなくすことも盛り込まれている。高齢者に塩漬けになっている1500兆円もの金融資産が動き出すことは間違いない。あとは、相続税をどこまで上げるかである。金融資産については、100%でもいい。


1月29日(火)
【中小企業診断士】
 その役割について、診断士協会のHPでは、≪中小企業診断士は、企業の成長戦略策定やその実行のためのアドバイスが主な業務ですが、中小企業と行政・金融機関等を繋ぐパイプ役、また、専門的知識を活用しての中小企業施策の適切な活用支援等幅広い活動が求められています≫と述べている。
 簡単に言えば、「中小企業施策の伝達役」ということであろう。経産省にお墨付きを頂いた立場としては、ぐうの音も出ない。しかしこれでは、何の主体性もない。また、国の施策に疑問を抱いている身としても、この資格にしがみついている意味がない。そろそろ潮時かなと思う。


1月30日(水)
【‘について’】
 福井県中小企業診断士協会のHP(http://www.sindan-fukui.jp/)フリーレポートに、時々私の文を掲載していただいている。ただ、私の投降したものとは、やや異なったタイトルが付けられている。つまり、私がつけたタイトルに‘について’が付帯されてしまっているのである。たとえば「レバ刺し禁止」→「レバ刺し禁止について」、「5段階評価」→「5段階評価について」、「次世代産業」→「次世代産業について」・・といった具合である。
 ここで、ヤフー大辞林で、‘について’の意味は、≪[連語]《格助詞「に」に動詞「つ(就)く」の連用形と接続助詞「て」の付いた「につきて」の音変化》ある事柄に関して、その範囲をそれと限定する。≫とある。
 すなわち、タイトルに‘について’がつくと、その文章の内容は、その表題に限定することになってしまうのだ。これは私の思いとは異なる。これまで私の投降してきた文は、ほとんどが、そのタイトルの内容に限定したものではない。そのタイトルの事象をきっかけとして、思いを拡大し、関連する世の中の矛盾を考えてみようとするものなのである。「レバ刺し禁止」にしても、そのこと自体を問題にするのではなく、「レバ刺し禁止」という出来事を見て、現代の「規制」という事柄の是非を問いたい、ということなのだ。そういう意味では、タイトルの語尾は‘について’ではなく、‘から’のほうがいいかもしれない。しかしそれは、個別の文の内容によって異なる。よってタイトルは、素のままのほうがいい。
 もっとも、私の非力な作文能力では、そこまで伝わらなかったのだと思う。微妙な違いであるが、このような私の意をくんで、今後私の投降した文のタイトルに、‘について’は、付けないでいただきたい。


1月31日(木)
【生活保護費引下げ】
 これを実行しようとするにあたり、当の受給者やその擁護者から、猛烈な反対が起こっている。誰でも、既得権益をはく奪されることには、敏感なのだ。
 しかし、明らかに今の生活保護の実態は、現実実離れしている。まともに働いている人より恵まれているのはもちろん、本当に必要な人は支給されず、単に世渡り上手で、手続きのできる人だけに支給されている。日本の「武士は食わねど高楊枝」といった《恥》の文化ではなく、「腹が減っては戦ができぬ」という、現実主義者がはびこった結果である。

 ただ、生活保護費を引き下げることによって、その近辺の低賃金労働者の各種保護制度(給食費、学費保障など)の廃止も予想される。社会の混乱が予想される。ではどうすればいいのか。
 生活保護者でも全く働けないわけではない。今でもなんとか働ける人は、80%はいるはずだ。これまで賃金支給の対象にはならなかったような、労働とは言えない労働(子供や老人の話し相手、折り紙づくり、封筒貼り、内職の真似事など・・・)を含めたら、90%以上の人は、何らかの労働ができるのではないか。

 多少非効率でもいい。ほんとに働けない10%程度の人は別として、少しでも働いた人にお金が入るようにしなければならない。そのために、財政出動がある。国内でお金が回る限り、国はいくらお金を使っても構わない。国は貧乏になっても、国民がお金持ちになるのなら、はるかにそのほうがいい。
 これは、年金支給も同じである。そもそも、過去の高給取りほど年金支給額が高いのはおかしい。その逆でもいいはずだ。少なくとも、年金額は平等でなければならない。その上で、働いた人に加給するしくみをつくる。

 すなわち、働ける日本人はみな働く。そうしなければ、国家財政は破たんして悲惨な状態となる。働かなくてお金をもらえるような仕組み(生活保護、年金支給、子ども手当、減反補償、恩給、・・・)は、最小限にすべきである。
http://www.sindan-fukui.jp/
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