地獄の体験談
社長の怒鳴り声が響き渡るようになるには、それほど長い期間必要でなかった
30代のサラリーマン時代、管理者養成学校というところで「地獄の訓練」を受けたことがある。全泊13日間の完全合宿で、みっちりと「管理者」としての心構えと、言動を仕込まれる。
私の所属する会社は、まず中堅社員2名を派遣した。
何があったのか、研修から戻った2名は、その立ち居振舞いが一変していた。態度に自信があふれている。声も大きく、はっきりとしゃべるようになった。それを見た社長は、幹部社員35名すべてを派遣することにした。2人ずつ交代で約1年がかりである。
交通費含めて1人30万円はかかる。派遣費用だけで、1000万円以上の出費である。そのうえ2週間も仕事から離れる。
私が不安とともに、入校したのは昭和57年の春GW直前であった。56豪雪の排雪が、福井城址の内堀に山と積まれていたのを思い出す。
富士山のふもと、富士宮駅からバス30分で訓練所に夕刻到着。バンガローが並ぶキャンプ場である。これから何かが始まる。訓練日数が13日間、全参加者130人、そして1班あたり13人という数字も不気味である。

訓練は翌朝、怒号の飛び交う入校式から始まった。大声だから、度肝を抜かれる。
「座布団を踏むな!」
「動作が遅い!」
「声が小さい!」
集団効率を上げるため、行動はすべて軍隊式でやる。竹刀を持った教官が睨みをきかせている。訓練参加者は私と同年輩、30歳前後の中小企業の中間管理職である。
訓練目的は、ビジネス上のルールを理解し、効果的に自分の意見を主張し、部下を指導できるようにすることである。自覚しないまま訓練に望んでも、いっとき声が大きくなるだけで、得るものは少ない。
訓練期間を通して、次の事項を体得する。
①正確な発音で、大きな声で話ができること。
②きちんとした挨拶ができること。
③行動の規範を自分のものにしていること。
④ビジネスルールの方向性を知っていること。
⑤人前で臆しないこと。
⑥話の組み立てができること。
そのための実践訓練と個人別にテストが繰り返される。そのテストに合格することによって、これらを体得することができるはずであった。
基本は発声である。訓練期間を通して常に大声を要求される。テストでも、声が小さくて感情が入っていないと容赦なく失格となる。たとえばドラマ訓練では、ある場面に合わせ表現力豊かに朗読する。そのほか、スピーチ、報告、歌唱訓練とそのテスト風景は、知らない人が見ると異様である。
大きな音が苦痛な私には、この大声を出すことが難しかった。
記憶力も必要であった。
「行動力基本動作10か条」という、箇条書き文を暗記する訓練がある。電通の「鬼十則」を具体的にしたようなもので、モーレツ社員としての心構えをまとめたものである。これを1字1句間違わず暗記し、これも大声で発信する。
また実務として、手紙の書き方や言葉での道案内訓練が役に立った。正式な手紙の書き方は納得できたし、道案内される本人の立場に立った誘導方法は新鮮であった。マナー教育すら受けたことがなかった私には、参考になることが多かった。
訓練期間の最後に、テーマと内容を与えられたスピーチに合格して卒業する。字数で3~4,000字、時間にして6~7分の内容のものを、3つ短時間に覚える。
楽しい訓練もあった。
20キロおよび40キロの夜間歩行訓練は、私にとってはハイキングである。体力のない老人には苦役でも、30代の若者にとっては息抜きであった。
悪名高かったのは、セールスガラスという歌唱訓練である。人通りの多い富士宮駅前で、大声で身振りを交えながら歌う。人前で何でもできる度胸をつけるものである。訓練生はこれを恥ずかしげもなく歌う。
だがこれは度胸や能力がついたわけでもない。異様な雰囲気の訓練校の中にいたからこそできた。意識の問題である。帰属意識が嵩じれば、個人はなんでもするという好例であった。ほとんどの訓練がこれに近い。仲間がいなければあんな行動はとれない。

ともあれ私は130人中49番目(声の小さい私には精いっぱいだった)という成績で、無事に13日間の訓練を終えた。一時的に、自分の行動が変わったのは事実である。管理者が入れ替わり参加していたため、会社には半月ごとに訓練終了者が返ってくる。いつもはいい加減だった上司が、こわもての大声で指示してくる。会社内は、緊張感で引き締まっていた。
残念ながら、それも時間の問題であった。
「あれだけ費用をかけたのに、なんだこの有様は。」
という、社長の虚しい怒鳴り声が響き渡るようになるには、それほど長い期間は必要でなかった。
30代のサラリーマン時代、管理者養成学校というところで「地獄の訓練」を受けたことがある。全泊13日間の完全合宿で、みっちりと「管理者」としての心構えと、言動を仕込まれる。
私の所属する会社は、まず中堅社員2名を派遣した。
何があったのか、研修から戻った2名は、その立ち居振舞いが一変していた。態度に自信があふれている。声も大きく、はっきりとしゃべるようになった。それを見た社長は、幹部社員35名すべてを派遣することにした。2人ずつ交代で約1年がかりである。
交通費含めて1人30万円はかかる。派遣費用だけで、1000万円以上の出費である。そのうえ2週間も仕事から離れる。
私が不安とともに、入校したのは昭和57年の春GW直前であった。56豪雪の排雪が、福井城址の内堀に山と積まれていたのを思い出す。
富士山のふもと、富士宮駅からバス30分で訓練所に夕刻到着。バンガローが並ぶキャンプ場である。これから何かが始まる。訓練日数が13日間、全参加者130人、そして1班あたり13人という数字も不気味である。

訓練は翌朝、怒号の飛び交う入校式から始まった。大声だから、度肝を抜かれる。
「座布団を踏むな!」
「動作が遅い!」
「声が小さい!」
集団効率を上げるため、行動はすべて軍隊式でやる。竹刀を持った教官が睨みをきかせている。訓練参加者は私と同年輩、30歳前後の中小企業の中間管理職である。
訓練目的は、ビジネス上のルールを理解し、効果的に自分の意見を主張し、部下を指導できるようにすることである。自覚しないまま訓練に望んでも、いっとき声が大きくなるだけで、得るものは少ない。
訓練期間を通して、次の事項を体得する。
①正確な発音で、大きな声で話ができること。
②きちんとした挨拶ができること。
③行動の規範を自分のものにしていること。
④ビジネスルールの方向性を知っていること。
⑤人前で臆しないこと。
⑥話の組み立てができること。
そのための実践訓練と個人別にテストが繰り返される。そのテストに合格することによって、これらを体得することができるはずであった。
基本は発声である。訓練期間を通して常に大声を要求される。テストでも、声が小さくて感情が入っていないと容赦なく失格となる。たとえばドラマ訓練では、ある場面に合わせ表現力豊かに朗読する。そのほか、スピーチ、報告、歌唱訓練とそのテスト風景は、知らない人が見ると異様である。
大きな音が苦痛な私には、この大声を出すことが難しかった。
記憶力も必要であった。
「行動力基本動作10か条」という、箇条書き文を暗記する訓練がある。電通の「鬼十則」を具体的にしたようなもので、モーレツ社員としての心構えをまとめたものである。これを1字1句間違わず暗記し、これも大声で発信する。
また実務として、手紙の書き方や言葉での道案内訓練が役に立った。正式な手紙の書き方は納得できたし、道案内される本人の立場に立った誘導方法は新鮮であった。マナー教育すら受けたことがなかった私には、参考になることが多かった。
訓練期間の最後に、テーマと内容を与えられたスピーチに合格して卒業する。字数で3~4,000字、時間にして6~7分の内容のものを、3つ短時間に覚える。
楽しい訓練もあった。
20キロおよび40キロの夜間歩行訓練は、私にとってはハイキングである。体力のない老人には苦役でも、30代の若者にとっては息抜きであった。
悪名高かったのは、セールスガラスという歌唱訓練である。人通りの多い富士宮駅前で、大声で身振りを交えながら歌う。人前で何でもできる度胸をつけるものである。訓練生はこれを恥ずかしげもなく歌う。
だがこれは度胸や能力がついたわけでもない。異様な雰囲気の訓練校の中にいたからこそできた。意識の問題である。帰属意識が嵩じれば、個人はなんでもするという好例であった。ほとんどの訓練がこれに近い。仲間がいなければあんな行動はとれない。

ともあれ私は130人中49番目(声の小さい私には精いっぱいだった)という成績で、無事に13日間の訓練を終えた。一時的に、自分の行動が変わったのは事実である。管理者が入れ替わり参加していたため、会社には半月ごとに訓練終了者が返ってくる。いつもはいい加減だった上司が、こわもての大声で指示してくる。会社内は、緊張感で引き締まっていた。
残念ながら、それも時間の問題であった。
「あれだけ費用をかけたのに、なんだこの有様は。」
という、社長の虚しい怒鳴り声が響き渡るようになるには、それほど長い期間は必要でなかった。
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