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暴力に対する拒絶反応

 「暴力そして人を殺してはいけない」というのは、八百長と同じ談合である。

 相撲界では、「暴力問題」を機に、とうとう日馬富士が引退することになってしまった。
この問題に表れるように、いまの日本では、問答無用に「暴力」は悪とされている。正当防衛でない限り、暴力は絶対的に許されない。いくら侮辱されたとしても、決して殴ってはいけない。
 つまり一般には、暴力は絶対的に悪とされている。「人を殺してはいけない」と同じである。


 しかし、殺人や暴力は絶対的に悪いことなのか。
 世の中には、「絶対」は絶対にない。例えばあなたが豚だったらどうか。相手の人間が、あなたを屠殺して食べようとしたとき。あなたがそいつに噛みついても、誰もあなたを非難しない(その代り袋叩きする)。

 つまり暴力や殺人を禁止する対象は、人間でしかない。コレラ菌にこんなことを言っても、聞いてはくれない。最近街中に出没する、クマやイノシシも同じ。まさに馬耳東風である。

                   サルマタ

 人はだれも、自分がされて厭なこと、恐れていることを避けたい。そこで、暴力や人を殺すという、「される人にとって厭なこと」は、お互いにやめておきましょう”というルールをつくった。厭なことといけないことを、一緒にしたのである。これを人間同士の「談合」という。もし暴力を「絶対」禁止したら、我々は生きていけない。他の生物を食べることはできないからである。
 
 すなわち、「暴力はいけない」、「人を殺してはいけない」というのは、人間同士の「決め事だから守らなければならない」だけである。八百長と同じ、談合なのである。
 八百長や談合の重要性を認識したい。
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