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質の低下は新聞も同じ

 検査で高品質が保証されるわけではまったくない
         どの組織も、検査の主要機能である「異常のフィードバック」ができていない


 一昨日(10月31日)の福井新聞社説では、『揺らぐものづくり大国~現場力どう再生するかだ』と題し、日産神戸製鋼の「検査偽装」について取り上げていた。
 記事では、出荷検査や検査データの改ざんを、『言語道断だ』、『悪質極まりない』と筆を極めて非難。現場力の再生のため『人員増も含め最新デジタル機器の導入などの投資』を提案している。

 たしかに、一連の検査に係る不祥事は、ほめられたことではない。とくに神戸製鋼の場合(具体的にどんな違反があったかわからないが)、必要な品質が確保されていなかったとしたら深刻である。これまで品質の良さで世界の信頼を得ていた、日本のものづくり製造業が揺らいでいる。これをきっかけに、つぎつぎと不祥事が表に出てくるかもしれない。

              びっくり妄言

 しかし、冒頭の福井新聞社説のような皮相的な見方では、根本問題は解決しない。
 その意味で、近年の福井新聞の質の低下も大きな問題である。もともとこの地方紙は、中国の工作機関かと思うほど左傾化が進んでおり、同時に記事の品質レベルも怪しくなっている。質が悪いのは、製造業だけではなかった。

 たとえば、社説記事の中で、『かつては、過剰なまでの検査で「高品質」製品しか出回らないようにしてきた。それが日本企業の強さの原点でもあった。』と述べている。
 だが、検査で高品質が保証されるわけではまったくない。検査は、①異常のフィードバックと②流出防止の機能、を持つだけである。あくまでも「品質は工程で作りこむ」しかない。むしろ「過剰なまでの検査」は、病人を拡大再生産する現代医学と同じで、高コストで余計な機能まで付加することになってしまう。

 また記事では「人員増も含め最新デジタル機器の導入などの投資」で、検査の充実を「提案」している。
 だが、検査を含め各工程での品質確保は、訓練された優秀な人たちが知恵を絞ることで、はじめて可能になる。この記事のように、やみくもに『言語道断だ』、『悪質極まりない』と叩くだけでは、現場は委縮してしまう。なにより優秀な人材を確保することができない。ただでさえ人手不足の製造現場には閑古鳥が鳴く。

               太いお墓 H28.10.09

 さらに根本問題は、ほんとに検査のルールや基準が、実情に合っていたかどうかである。
 ここまで違反が常態化していたということは、その基準となるルールや数値基準が実情と合わなくなっていた可能性が大きい。多くの場合、安全率を数倍見込んで製品を設計するため、多少基準を下回っていても全く問題ない。あるいは、たとえば圧縮強度を求められる素材の引張強度が不足しても、充分使用することができる。必要のない特性や過剰品質のための検査なら、良識ある人はムダだと思う。
 この場合、躊躇なくルールや基準の方を見直すべきであった。ルールは守らなければならないが、常に見直さなければならない。いまの日本国憲法と同じである。


 そして、組織としてのリスク管理こそが、まったくお粗末であった。
 検査の主要機能である「①異常のフィードバック」が速やかになされていれば、問題はここまで大きくならなかった。悪い情報ほど早く知らせる。つまり、しくみや体制そのものの異常を見逃さないことである。その意味で、福井新聞の主張する「検査の充実」も、あながち間違いとは言えない。これは、すべての組織に当てはまる。
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