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進化論の最前線

 神の目から見た正義は、人間の利得とは相いれない。環境変化は受け入れるべきなのか
 
 池田清彦氏の「進化論の最前線」(2017年1月17日発行)を読んで、私にとっての新しい知見をいくつか得ることができた。

 まず進化論はこれまで、大まかにダーウィンの進化論とラマルクの用不用説を中心に展開してきた。だがこれらの理論だけでは、どうしても説明できないことが多い。小進化は説明できても、大きな進化についてはできない。具体的に動物の本能の獲得である。サケは生まれた川に戻ってきて卵を産む。また、ある狩バチの仲間は、エサとなる虫の急所に正確に毒針を指す。これらの本能が無ければ生きていけない動物が、少しづつ進化していたのでは、途中で滅びてしまう。
 
 つまり池田氏は、これらの大進化はすべてが偶然であると仮説を立てている。
 そしてそこでは「ゲノム編集」や「細胞内共生」など複雑な要素が絡み合う。ただその辺りになるとこの本は、ややこしい専門用語が続出してわけがわからなくなる。「エピジェネティクス」、「バイソラックス変異体」、「ホメオティック遺伝子」などの耳慣れない言葉がつぎつぎでてくる。また人間の脳が大きくなったことと体毛が薄くなったことが関係するなど、理解不能な考察が多かった。

             キリンの首

 それでも池田氏の、言語脳に関する仮説は、なるほどと思った。
 日本は、科学を母国語で学ぶことができる数少ない国のひとつである。その言語に関する神経回路は、7~8歳までの幼児期につくられる。幼児期にしっかり作られた言語脳が、その言語による学習の理解を促進する。国語がいかに重要かわかる。もちろん、幼児期に日本語以外の言語を習得すれば、バイリンガルになる。ただ普通の人は、どちらも中途半端になる。したがって、ものごとの理解力を増すには、まず母国語である日本語をしっかり学んでから、第2言語を覚えるべきである。


 また、いま外来種との交配による遺伝子汚染が問題になっている。これは環境全体にも悪影響を及ぼす。
 だが地球の長い歴史から見ると、このことが進化を促進させてきた。遺伝的に離れた種族と交わることで、多様性の幅が大きくなる。人間の生存環境にとっては問題であるが、生物全体の進化発展のためには悪いことではない。人間の遺伝的進化が期待できない今、神の目から見た正義は、人間の利得とは相いれない。
 環境変化は甘んじて受け入れるべきなのであろうか。
 そもそも地球から見たら、人間の存在などどうでもいいのである。
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