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希望の党の使用限度

 途中リセットすれば永遠に「希望」で終わる。「絶望」するまで頑張ってもらいたい

 小池新党の名前が、「希望の党」だという。
 この「希望」という言葉は、人生経験を積んだ者には、青臭く嘘くさく見える。
 誰かの孫引きで恐縮だが、「希望」という言葉を聞くたびに「希望は絶望を増幅させる」という、格言が浮かんでくる。私自身の人生経験を顧みて、希望通り進んだことはめったになかった。人生の節目では、大学入試、就職、結婚、起業など。その他日常の、こまごましたことではなおさらである。ものごとが希望したように運ぶと恐ろしくなる。

 たとえば先だって、フィギュアスケートの羽生選手が、SPで世界最高点を出した。当然国民は、FSでもそれに近い点数を出すと期待する。結果は大波乱で、まさかの大荒れ。FSでは、近年で彼の最低点数を記録してしまった。まさに国民は「失望」した。
 それでも羽生選手は、堂々の2位であった。しかもまだチャンスがある。再び「希望」を抱く人も多いだろう。

       どうでもしてくれ

 だがたいていは、「希望」→「失望」→「絶望」と進む。そして「希望」を抱いていた人ほど、「絶望」が大きくなる。まさに小池氏が、昨年都知事に当選してからの歩みに近い。まだ都知事としては、かろうじて「失望」の段階に留まっている。もし都知事を中途で投げ出すとしたら、「絶望」を回避するためであろう。だから小池氏は頻繁に、「リセット」という言葉を使っているのである。
 
 小池新党の「希望」が「失望」に移れば、「絶望」になる前にまたリセットするはずである。リセットを繰り返すことで、永久に「希望」のままで終わる。そのうち必ず見破られる。そのつぎは、新しい「希望の党」に望みを託すのだろうか。


 もっとも、「絶望」というのは、「全く期待できなくなること」(デジタル大辞林)である。すなわち、開き直った状態である。なにも期待しないのだから、そこから先の「絶望」は無くなる。どうせなら、都知事も「希望の党」も、みなが「絶望」するまで頑張ってもらいたい。「幸福実現党」には負けないで欲しい。
 そして、今の段階で希望を持っているのは、この党に駆け込んでいる議員だけなのは間違いない。
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