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仮末代の憲法になるか

 意思と良識さえあれば改正できる憲法をこのままにしたら、末代に至るまで日本の恥である

 「仮末代」という言葉がある。とりあえず暫定的に決めたことが、最後までそのままになる、という意味である。時間が経てば経つほど、変更が困難になるからであろう。

 たとえば、日本近代化の2大失敗といわれるものがある。
 ひとつは交流電源。周波数が東日本の50Hzと西日本の60Hzと異なる。
 これは、明治期に直流送電を行っていた東京電燈が、交流転換を決めたとき50HZのドイツ製発電機を導入した。これに対し関西では大阪電燈が60HZのアメリカ製発電機を導入した。当時はそれほどの規模ではなかったのが、その後周波数の統一をしようとしたときには、実現が不可能なほど電力設備が肥大化していた。
 
 もう一つは鉄道の線路幅である。
 日本で鉄道を導入するとき、大隈重信は外国人の意見に押され、線路の幅を狭軌(1067MM)に決定してしまった。そのため、高速鉄道が普及するなど線路幅が広くなると、お互いに乗り入れることができなくなった。これもいまさら統一するには、膨大なコストと時間を要する。

       汽車
 
 さて日本国憲法である。
 よく知られているように、現憲法はGHQの占領下と、敗戦という強烈なバイアスの中でつくられた。米国人の手によって世界中の憲法を寄せ集め、つぎはぎコピペで2週間で起案。議会で検討が加えられ、若干の修正後承認されたといっても、偏った人選と脅迫に近い縛り・検閲の中で決定されたものである。本憲法21条にある「検閲はこれをしてはならない」という規定は、ブラックジョークとしか言いようがない。

 それこそ日本国憲法は、仮制定の見本である。そのうえ英文を訳したものだから、意味不明、矛盾だらけの言葉の羅列となった。ややこしい解釈のために、何十人もの憲法学者を抱えなければならない。彼らの解釈次第でどうにでもなる。まことに奇天烈な規定である。

 憲法制定40年後に、当時憲法を起案した米国人たちにインタビューした人がいる。彼らのほとんどは、すでにあの憲法は改正されているとばかり思っていたという。それからさらに30年経った。彼らは死に絶え、日本で承認した議員たちもいない。もちろんいま生きている我々は、憲法制定にこれっぽっちも関わっていない。

        学者バカ

 周波数や線路の幅については、これを統一するのは膨大なコストがかかる。費用対効果は少ないであろう。だが憲法改正は、自分たちの意思さえあればできる。これ以上この憲法を畏怖し続けたら、末代に至るまで日本の恥である。憲法という絶対権力に支配されたまま、カイゼンすらできない。
 まさに今度の選挙ではそのことが問われる。
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