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2025年問題

 人々に危機として認識されていないことが本物の危機を招く

 あと5年で、われわれ団塊の世界が後期高齢者になる。統計上この年代の人は、健康寿命を超える。大量の生産力の無い世代の医療工数が膨大になり、日本は経済的に成り立たなくなる。これを、2025年問題という。

 解決の方向性はわかっている。
 年寄も死ぬまで重労働をする。年金や医療費を減額する、なくす。保険料を何倍にもする。どんどん赤字国債を発行する。
 いずれも、過激な方策なだけに、政治家はだれも手を付けようとしない。したがって、このままずるずると奈落に落ちる可能性が大きい。

 もっともむかしから、○○年問題というのが取りざたされていた。

 2000年問題;年数を下2桁で処理していたシステムに問題が起こる
 2007年問題;団塊世代の大量退職に伴う、技能継承などの問題
 2011年問題;地デジに完全移行し、アナログ放送が停波する問題

          不思議なバランス H28.8.19

 しかしいずれの危機も、予想した通りの大事には至らなかった。

2000年問題;
 このときは、事前に各企業が大量の経費を投入してシステムのチェックを行った上で、2000年が到来した瞬間には、多数のソフト技術者が何かあった時のために待機するなどの体制が取られた。

2007年問題;
 定年延長や再雇用など、雇用形態が変わり、あまり問題にならなかった。

2011年問題;
 私のような新しいものに抵抗を示す者でも、地デジ対応の装置をつけアナログテレビを改造した。そのまま現在でも使っている。

 そのほか、1999年ノストラダムスの大破滅があったし、その前から財政赤字によって今にも国が消滅するごとく予言した人はいた。国家破産の危機は、財政赤字が今の半分くらいのときの方が騒がれていた。

 このように、あらかじめ危機として大騒ぎすることで、危機が危機でなくなる。それらに比べ2025年問題は、あまり騒がれていない。だから人々には、危機として認識されていない。このことが本物の危機を招く。
 危機としてしっかり認識されれば、過激な対策も受け入れられるはずである。
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