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インパール作戦の真相

 ものごとには必ず多面性がある。単に、無策・無謀で片づけられるものではない

 8月15日のNHKスペシャル戦争特集番組、インパール作戦を視た。ビルマから、イギリス軍拠点のインド北東部インパール攻略を目指した日本軍の、歴史的大敗を描いたドキュメンタリーである。
 日本軍は、補給がない状態で、大河の渡渉と470㎞にも及ぶ険しい山道を行軍した。3か月もの交戦の後、撤退を決めてから大量に戦死者を出す。餓死・病死した日本兵の屍が並んだ退却道は、「白骨街道」と呼ばれるほど悲惨であったという。番組はこの戦いの実態を、証言とともに赤裸々に綴っていた。

 生き残りの兵士たちは、口々に「死んだ者は一般兵ばかりで、下士官や将校はほとんどいなかった」と言っていたのが印象的であった。もちろん作戦を指揮した牟田口中将や大本営の無策・無能ぶりはいうまでもない。その牟田口中将は、日本中から責任を問われる中で、77才の天寿を全うしたそうだ。
 私もそうであるが、この作戦について予備知識のない人たちは、この番組を見て、中将や作戦の命令を下した大本営に対し、その無為・無策ぶりに、非常な怒りを覚えたであろう。

       着火困難

 しかし私は、どうしても以下のような違和感がぬぐえなかった。
 ひとつは、TVで日本軍の住民に対する略奪や、残虐行為が描かれなかったことである。
 兵站のまったくない中、退却するときには飢えて幽鬼のようになった敗残兵が、村を襲わなかったとは信じがたい。仲間の死肉を齧るまで追い詰められても、規律は守られていたのであろうか。NHKにしては不思議である。
 無いことをあったように見せる冤罪創作において、日本のマスコミは天才である。その親玉であるNHKが残虐行為を描かないのだから、ほんとになかったといってよい。むしろ現地住民からは、日本兵に好感を持っているような発言が見られた。

 つぎに、なぜ日本軍はあの無謀な作戦を、強行したのであろうか。いくら頭の固い軍部でも、理屈に合わないことをやるのは、どう考えてもおかしい。そもそも日本にとって、この作戦はそれほどメリットがあったのか。作戦がうまくいったとしても、数千人は亡くなっていたはずである。

        文書作成

 そこでインパール作戦について少し調べてみた。TVとくにNHKだけを信じたらバカになる
 じつはこの作戦には、インドの独立運動家チャンドラ・ボースが深くかかわっていたのである。ボースは独立運動のため来日して陸軍の幹部と接触しており、東条など軍の中枢部は、彼を高く買っていたという。インパール作戦を躊躇していた大本営も、戦局が思わしくない中、インド独立を手助けすることで、「アジア解放」という、本来の戦争目的を果たせると考えたのであろう。

 つまりこの作戦のかなりの部分が、インドの独立運動を助けるという側面があったのである。
 牟田口中将とともにインパール作戦の指揮を執った河辺中将が、「チャンドラ・ボースの思いを見殺しにできぬ苦慮が、大局的判断を誤らせた」と語るなど、ボースに対する日本軍側の「情」が作戦を実行させたという見方もある。(番組で証言した牟田口中将のお孫さんも、ほんとはこのことを伝えたかったのではないか。)
  ・・・・
 『かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂』

 結果的に、紆余曲折のなかでインドはイギリスから独立を果たすことができた。敗退したインパール作戦でも、それなりの打撃は与えたからである。 
 これが何万人もの犠牲に見合うものかどうか、私には判断できない。
 だが少なくとも私の2つの違和感は解消できる。インド独立の一助になったと考えれば、浮かばれる人もいるのではないか。


 残念ながら、歴史知識の乏しい私が、これらの信憑性を評価することはできない(ほんとのことなど誰にもわからないが)。それでも、ものごとには必ず多面性がある。無理な作戦を強行した、真の理由は何か。単純に、無謀とかカミカゼ精神だけで片づけられるほど、世の中は単純ではない。
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