FC2ブログ
RSS

文書の管理法

 管理しないという管理をすれば、意味のない文書問題で時間を浪費することはなくなる
 
 先日「文書第一主義は、国を滅ぼす」と書いた。このことは、決して文書管理を疎かにしようとすることではない。むしろ文書管理は強化すべきである。そのためには、必要な工数を徹底して減らす。文書管理がややこしいのは、管理する文書の量が膨大になってしまうからである。

 どうすればいいのか。
 管理の程度をその重要度に応じて分け、大半の文書は管理しないという管理をする。
 たとえば、国会で問題となったメモや日報などは、基本的に非公開にすべき文書である(理由は後述)。一部漏れても、群盲が触った象の一部にすぎない。そんなもので、オタオタしない。
 この原則を通せば、意味のない文書問題などで、時間を浪費することはなくなる。
 
           英語学者

 そもそも、「文書」とはなにか。
 国際マネジメント規格では、文書に関する定義は以下のようになっている。

 文書化した情報;組織が管理し、維持するよう要求されている文書
 文書;情報及びそれが含まれている媒体
 情報;意味のあるデータ
 データ;対象に関する事実

 すなわち文書は、「事実」と確認され、責任ある人が承認したものである。明確に再現性がなければならない(ほんとは世の中にそんなものはない)。
 だから本来、メモや日報は文書でない。たまたま個人が、そのときに思いついたことや感想などが書いてあり、事実とは言えないからである。個人の思想や信条であり、いわばその組織内の、風土、空気をつくるものである。

      白山クルマユリH21.7.12

 別な観点から述べる。
 ISO/TC国内対策委員会の飯塚悦功氏によると、文書の役割は以下の3つである。
①情報伝達、コミュニュケーションのツール
②ノウハウや基準などを共有化し、再利用可能とするための知識
③存在、実施、規定した内容の証拠

 それぞれについて、どこまでを公開するのか、どこまでを機密として扱うのかを明確にする。もちろん自衛隊のような組織では、秘密にする部分の割合が多くなる。文民統制のためには、内部情報を公開すればいいというわけではない。

 このなかで、国会で問題になったメモや日報は、「①情報伝達、コミュニュケーションのツール」にあたる。組織のなかだけで使うもので、外部へ公開するものではない。公開しても、30年後である。洩れた情報は、公式事実として扱わない。民進党や共産党の綱領が、日本の公式声明でないのと同じである。

 メモや日報などは、日々の覚え書きや伝達事項である。公開されることを前提としていない。個人の心情やプライバシー、機微に関わることも含まれる。しかも膨大な量である。25万人の自衛隊員が、毎日1枚書いたとしても、年間10億枚。400人のPKO部隊分だけでも、年間15万枚にもなる。自衛隊のビッグデータは、組織の能力を示す。外部へ出すものではない。また選別して管理状態に置くには、膨大な工数がかかる。そんなことをすれば、組織が潰れる。これは、目的とする伝達が終わったら、破棄し無いものとする。
 管理の基本は、整理=捨てること、である。
 
 漏れた内容は、組織内の思考経過の一部に過ぎない。こんなものを大事に大げさにするから、マスコミや野党の玩具にされるのである。

            哀

 PKOに派遣された自衛隊員など現場の人たちは、日報について重箱の隅をつつくような政治家のごたごたを、どう思っているだろうか。
 稲田氏に対しても、「防衛大臣としての資質がない」、「やるべきことをやらなかった」という、無責任な声ばかりである。「どんな資質がいるのか」、「どうすればよかったのか」など、本質的な話を聞いたことがない。
スポンサーサイト



トラックバック
トラックバック送信先 :